ネタとか書き殴りとかSSとかの倉庫
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主に青祓、鋼(どっちにしろ弟兄)
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コメント、拍手レスは日記にて
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+++++++++++++++++++++++++++++++++++++
じゃあ、お屠蘇は僕が作るよ、と珍しくも雪男が台所に立ったのは大晦日の昼の事だった。
台所と言えば燐の領域ではあるのだが、雪男が料理が出来ないわけではない。曰く『自分が作るよりも上手い人がいるのに何故自分が作らねばならないのか』という事らしい。だけど目玉焼きだけは何故か墨の如く焦がす。
見る限り感覚と目分量で作る料理よりキッチリ計る料理の方が得意な雪男なのだが、それは自分だけが知っていればいいと燐は思っていたので特に追求も無理強いもしなかった。
が、今回は自分から何やら箱に入ったガラス瓶数本とアンティークなラベルの壜を一つ持って現れたのだ。
「お屠蘇、作るのか?酒でいいんじゃねぇのあれ」
「違うよ、前にも言ったでしょ?あれには悪鬼除けの意味もあるんだって」
そう言えばそんなことを言われたような気がすると菜箸片手に首をひねる燐の姿に溜め息一つ、雪男は少しだけ医工騎士の面を被る。
「屠蘇、という言葉には蘇という悪鬼を屠るという意味がある。この酒を飲んだものには、その悪鬼は近づけない。だから、年の初めに体内に取り入れる事によって悪鬼除けとしての効力を持たせる。そう言う意味合いのもの。まあ、本来は病気除けのおまじないで、今はただのお酒を代用としているところも多いんだけど、折角だし本格的なのにしようかと。僕はこういうのはお手の物だからね」
箱から壜を取り出し、小さめの乳鉢も取り出して壜の蓋を外し始めた。
「へー。だからこの壜の山ってことか」
「そう。お酒に何種類もの薬草を調合した屠蘇散……これは華佗という医師が考案したものと言われてて、これを入れて、成分をお酒に出してそれを飲むんだ。中には毒、と言われるものも入っていたんだよ」
「げ、まじで?」
思い切りいやそうな顔をしつつ火を弱め鍋を揺すって艶を出す。中身は煮物だが、いつもよりもしっかり目の味なのは保存を考えての事だ。
そうしてそれを皿に盛りつけていた燐に、雪男は笑い返した。
「入れないって。でも、少量の毒は薬にもなりうるし、薬だって多量に摂れば毒になるから」
白朮、蜀椒、防風、桔梗、桂皮、陳皮、丁字、茴香、薄荷、虎杖、乾薑、細辛。
見た事あるものや無いものまで合わせて十二種類の乾燥した薬草類を少しずつスプーンで乳鉢に入れる手つきは計りも使わないのにキチリと正確だ。
「煮物ときんとんと雑煮の吸い地だけ作ったぜ。後はしえみがおばさんと一緒に作ったお節ちょっとずつ持って来てくれるって言ってたからそれでいいだろ」
「うん、あんまりあっても食べ切れないし。お餅は買って来たので十分」
いいながら、雪男は乳鉢の中身をごく軽く打ち崩すとさらしの袋に入れて口を閉じた。
「さて、これを味醂に入れてしまえばおしまい、と」
「味醂……酒じゃないのか……?」
「本当は灰持酒…黒酒なんだけどね。そんなものじゃなくてもここにいい味醂がある事だし」
そう言えばと雪男が持って来た壜を見てみれば、アンティークなラベルには五年熟成本味醂と書かれている。
持ち上げて光に透かせば、普通の味醂より色がずっと濃いのかとろりと中の液体が動く様だけが透けて視えた。
「甘くて美味しいらしいよ。これと日本酒を混ぜて使うんだ」
楽しそうに空き瓶を取り出し…それが雪男の机によくある薬草とかが入っている壜を巨大にした形なのはご愛嬌というところか…調合した屠蘇散を放り込んで燐の手から味醂を奪い取る。
「買いに行こうと思ったらちょうどフェレス卿が持っててさ、頂いて来た」
ニコニコと笑いながらその味醂を壜に注ぐ弟の決して笑ってない笑顔に、思わず口が滑った。
「強奪の間違いじゃねぇのそれ」
「何か言った?」
ますますにっこりと笑う弟にえも言われぬ恐怖を感じ、俺は何も聞かなかった見なかったと燐は目を背ける。
ああきっと、あの胡散臭い道化師はこの弟と言う名の人の皮を被った悪魔に脅迫されたに違いない。取り敢えずは御愁傷様と言うべきだろうが関わりたくないのでやめておく。
「いや、なんも」
ぶんぶんと首と手を振る兄をそうそれでいいんだよと言わんばかりに笑顔で制して雪男は味醂の壜の蓋を閉める。
「そう。あ、兄さん冷蔵庫にお酒の壜あるからそれとって」
「あ、ああ、うん」
ぎくしゃくと動く兄の後ろを、すっかり怯えて力をなくした尻尾がヒュルリと追いかけていた。
そうして、夜闇も更けてもう年が過ぎようとする頃合い。
しえみが届けてくれたお節をきんとんとお屠蘇と交換し、それをつまみにしつつだらだらと食べたり呑んだり年越し蕎麦のどっちの海老がでかいだの言い合ったり蜜柑のあまりの酸味に押しつけ合いをしたりといつものようなことを繰り返していたのだが、時計を見て雪男が立ち上がった。
「お屠蘇、持って来るよ」
「おーう」
炬燵に埋もれるようにしている燐が尻尾をゆらして答える様に息一つ吐いて、雪男は台所に置いたままの広口瓶の中身を銚子に移し替える。屠蘇器があれば格好はつくだろうが、二人きりの生活にそんな贅沢は不要だ。杯もいつもの無地のシンプルなものだが、その辺をとやかく言う兄でなかった事は本当に有難い。
もう一度居間の方を見遣れば、炬燵布団に埋もれて居た筈の兄が転がる酒瓶を膝立ちのまま拾い集めていた。一体どれだけと言われそうな数だが、まだ自分の足も意識もハッキリとしている。兄は少し眠たそうな気配はするが、そこはまあいつもの事なので無視を決め込んだ。
「なー、ゆきー。さっきの味醂って、まだあるのか」
「あるよ。呑みたいなら冷やしとくね」
お盆に一式並べ終えて、冷蔵庫に味醂の瓶を入れてからそれを持ち上げる。
「おーう。瓶ここまとめとくぞー」
「ありがと。はい、お屠蘇」
「ん」
受け取ったお盆を炬燵の天板に置くと、纏めてあった食器を渡される。それを無言で流しに持っていって、雪男はようやっともとの位置に戻った。
「はー、ことしもおわりますなー」
「そうだね……眠い?」
「いや、ねむいっつーよりふわーっとしてる感じ?」
インターバルと言いながら入れた濃い緑茶を啜りながら燐が少しとろりとした目で首を傾げる。
眠気と言うには視線はしっかりしていて、どちらかと言えば少し欲が垣間見えるようなその色。
ああ、酔っているな。そう思って雪男は少し笑った。
「酔ってるね、珍しい。ワイン飲み過ぎだよ」
「あー。あれ美味かったからなー。一瓶空けたか、俺」
青いラベルのそれは偶然見つけたものだ。白の甘口、としか書かれていなかったのでその余りの甘さに吃驚したがそれを気に入ってかちょくちょく兄が買って来ている。
「僕あれ呑まないから兄さんひとりで空けてたよ。甘いの大好きだもんね、兄さん」
「おーう」
どうやらご機嫌のようだ。炬燵から出ている尻尾はぱたぱたと床を叩いている。
そして、刻まれる時計の針が、年のおわりとはじまりをを静かに告げた。
「明けた、な」
「うん」
そう言ってから、炬燵から出てキチリと座り直し、向かい合う。
「あけましておめでとうございます、今年も宜しくお願い致します」
キッチリハモッた言葉と同時に下げる頭の角度も同じ。毎年の事ではあるが、これが無いと年は迎えられない。
小さなころから、年明けの挨拶はこの言葉と教えられて来たのだから、仕方無い事だろう。
儀式のようなそれを終えて、雪男は盆を正座している間に置き、銚子の中身を杯に注いで兄に手渡す。
「はい、兄さん」
「さんきゅ」
とろりとした濃い琥珀の酒が、白い陶器に満たされる。
「じゃあ、今年一年また頑張りましょう」
「おう」
二人して掲げた杯の中身に口を付ければ、薬草独特の香りと風味に混じって仄甘さと酒精が口に広がった。
「あんま甘くねぇのな」
「お酒混ぜたからね。そのままだと僕が呑めないし」
こういうものは縁起物故に味は二の次、とはいえこれはこれでいけると言いながら飲み干すと、燐は盆を持ち上げて炬燵に置いた。
「じゃあ、呑みなおそうぜ。なんかつまみ作るから」
そう言って立ち上がろうとした兄の腕を掴んでもう一度座らせて。
雪男はそのままぎゅうと抱きついた。
「…にいさん、ありがとう」
「…なんだよ、急に」
「ぼくのにいさんでいてくれて、ありがとう」
突然に抱きすくめられて、そんな流れも無視したことを言われて燐は首を傾げる。
「………どうした、ゆき。なんか、あったか?」
ふるりと視線の先で弟の青みがかった黒髪が揺れる。
「ううん、ただ、ね。……急にそう思ったんだ」
抱き締められているせいで顔は見えなかったが、微笑っていると、幸せそうな顔をしていると。
漠然とだが必然的にそう、思ったその時に、飛び込んだ言葉。
「兄さんが居てくれれば、僕はそれで幸せだから」
そう言って、言葉を含んで首筋にかかる暖かな吐息。
身体の奥に覚えのある感覚が走るより先に、走馬灯のように流れるビジョン。
にいさんいてくれれば
それでぼくはしあわせだもの
それは、小さな小さな弟の、幸せそうな笑顔。
しあわせは、そばにあるよと。
ちいさな自分と弟が、手を繋いで笑ってこちらを見遣るのが、視えた気が、した。
「そっか」
さらりとした髪を撫でて、その手を背に回して抱き締める。
いつの間にか自分より大きくなってしまった背中に口惜しいと思いながら、燐は自分を護るその背をそっと、慈しむように撫でた。
「俺も、ゆきがいれば、それでいいよ」
大切なものは沢山あるけど、ただ一つはやはり片割れのこの弟だけなのだ。
きっと、弟は怒るだろうけど。それでも燐は、その想いを変えられない。
己の為に弟を犠牲にせよと言われたら、迷わずこの命を捨てられる。
弟は、何よりも想い存在なのだ。
けれど、弟は、どう思っているのだろう。
性格は違うと良く言われるけれど、根本的なところはそっくりだといつも思う。
弟も、まさか同じように考えているのだろうか。
可能性は高いけれど、聡明な弟の事だ。きっと、もっといい考えを巡らせているに違いない。
きっと、きっと。
雪男は、揺れる事無く、静かにその引金を引くのだ。
だからこそ、自分は全てを捨てる覚悟を、捨てられない。
そっと、瞼を閉じるとその肩に己の頬を当てて燐は囁く。
「お前の、側にいるよ。ゆき」
そう言って背を撫でる兄の掌を感じながら、雪男はただただ祈っていた。
この兄が、自分の身を顧みず。
何時か己の前で散るのではないか、と。
そして、兄が護ろうとする対象が自分であるその事、を。
雪男はちいさな時から知っていた、から。
だから、その背中ごと包み込むように護れるようになりたい。
そう願って選んだ路であったというのに、運命は全てを飲み込み兄を修羅の道へと誘った。
そして、兄はその道を選び、今となっては自分の隣で同じ路を歩んでいる。
もう誰も失わない、と。
その言葉には、ただ一人残った家族である自分が中心に据えられているのだろう。
そして、その身が傷つき己の血で塗れても、兄は自分の為ならいくらでもそれを受け入れるのだ。
だから、こそ。
誰もが羨み恐怖する程の、強さを。
自分と引き換えに兄を手に入れようなどという考えこそが甘いと思わせる程に強く、聡く。
そうなる為に、また、前へ進むのだ。
「……僕も、側にいる」
触れ合う体温が、暖かくて。
いっそ融けてしまえばいいのにと、そんな事を思ったせいなのか。
閉じた瞳の端から、暖かな涙が一つ。
音も無く零れて兄の肩へ、落ちていった。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++
新年あけましておめでとうございます!元旦更新間に合った!
えーと、出来ちゃった前提の20歳過ぎで酒で背中の話?
薄暗くてすんませ……_| ̄|○
じゃあ、お屠蘇は僕が作るよ、と珍しくも雪男が台所に立ったのは大晦日の昼の事だった。
台所と言えば燐の領域ではあるのだが、雪男が料理が出来ないわけではない。曰く『自分が作るよりも上手い人がいるのに何故自分が作らねばならないのか』という事らしい。だけど目玉焼きだけは何故か墨の如く焦がす。
見る限り感覚と目分量で作る料理よりキッチリ計る料理の方が得意な雪男なのだが、それは自分だけが知っていればいいと燐は思っていたので特に追求も無理強いもしなかった。
が、今回は自分から何やら箱に入ったガラス瓶数本とアンティークなラベルの壜を一つ持って現れたのだ。
「お屠蘇、作るのか?酒でいいんじゃねぇのあれ」
「違うよ、前にも言ったでしょ?あれには悪鬼除けの意味もあるんだって」
そう言えばそんなことを言われたような気がすると菜箸片手に首をひねる燐の姿に溜め息一つ、雪男は少しだけ医工騎士の面を被る。
「屠蘇、という言葉には蘇という悪鬼を屠るという意味がある。この酒を飲んだものには、その悪鬼は近づけない。だから、年の初めに体内に取り入れる事によって悪鬼除けとしての効力を持たせる。そう言う意味合いのもの。まあ、本来は病気除けのおまじないで、今はただのお酒を代用としているところも多いんだけど、折角だし本格的なのにしようかと。僕はこういうのはお手の物だからね」
箱から壜を取り出し、小さめの乳鉢も取り出して壜の蓋を外し始めた。
「へー。だからこの壜の山ってことか」
「そう。お酒に何種類もの薬草を調合した屠蘇散……これは華佗という医師が考案したものと言われてて、これを入れて、成分をお酒に出してそれを飲むんだ。中には毒、と言われるものも入っていたんだよ」
「げ、まじで?」
思い切りいやそうな顔をしつつ火を弱め鍋を揺すって艶を出す。中身は煮物だが、いつもよりもしっかり目の味なのは保存を考えての事だ。
そうしてそれを皿に盛りつけていた燐に、雪男は笑い返した。
「入れないって。でも、少量の毒は薬にもなりうるし、薬だって多量に摂れば毒になるから」
白朮、蜀椒、防風、桔梗、桂皮、陳皮、丁字、茴香、薄荷、虎杖、乾薑、細辛。
見た事あるものや無いものまで合わせて十二種類の乾燥した薬草類を少しずつスプーンで乳鉢に入れる手つきは計りも使わないのにキチリと正確だ。
「煮物ときんとんと雑煮の吸い地だけ作ったぜ。後はしえみがおばさんと一緒に作ったお節ちょっとずつ持って来てくれるって言ってたからそれでいいだろ」
「うん、あんまりあっても食べ切れないし。お餅は買って来たので十分」
いいながら、雪男は乳鉢の中身をごく軽く打ち崩すとさらしの袋に入れて口を閉じた。
「さて、これを味醂に入れてしまえばおしまい、と」
「味醂……酒じゃないのか……?」
「本当は灰持酒…黒酒なんだけどね。そんなものじゃなくてもここにいい味醂がある事だし」
そう言えばと雪男が持って来た壜を見てみれば、アンティークなラベルには五年熟成本味醂と書かれている。
持ち上げて光に透かせば、普通の味醂より色がずっと濃いのかとろりと中の液体が動く様だけが透けて視えた。
「甘くて美味しいらしいよ。これと日本酒を混ぜて使うんだ」
楽しそうに空き瓶を取り出し…それが雪男の机によくある薬草とかが入っている壜を巨大にした形なのはご愛嬌というところか…調合した屠蘇散を放り込んで燐の手から味醂を奪い取る。
「買いに行こうと思ったらちょうどフェレス卿が持っててさ、頂いて来た」
ニコニコと笑いながらその味醂を壜に注ぐ弟の決して笑ってない笑顔に、思わず口が滑った。
「強奪の間違いじゃねぇのそれ」
「何か言った?」
ますますにっこりと笑う弟にえも言われぬ恐怖を感じ、俺は何も聞かなかった見なかったと燐は目を背ける。
ああきっと、あの胡散臭い道化師はこの弟と言う名の人の皮を被った悪魔に脅迫されたに違いない。取り敢えずは御愁傷様と言うべきだろうが関わりたくないのでやめておく。
「いや、なんも」
ぶんぶんと首と手を振る兄をそうそれでいいんだよと言わんばかりに笑顔で制して雪男は味醂の壜の蓋を閉める。
「そう。あ、兄さん冷蔵庫にお酒の壜あるからそれとって」
「あ、ああ、うん」
ぎくしゃくと動く兄の後ろを、すっかり怯えて力をなくした尻尾がヒュルリと追いかけていた。
そうして、夜闇も更けてもう年が過ぎようとする頃合い。
しえみが届けてくれたお節をきんとんとお屠蘇と交換し、それをつまみにしつつだらだらと食べたり呑んだり年越し蕎麦のどっちの海老がでかいだの言い合ったり蜜柑のあまりの酸味に押しつけ合いをしたりといつものようなことを繰り返していたのだが、時計を見て雪男が立ち上がった。
「お屠蘇、持って来るよ」
「おーう」
炬燵に埋もれるようにしている燐が尻尾をゆらして答える様に息一つ吐いて、雪男は台所に置いたままの広口瓶の中身を銚子に移し替える。屠蘇器があれば格好はつくだろうが、二人きりの生活にそんな贅沢は不要だ。杯もいつもの無地のシンプルなものだが、その辺をとやかく言う兄でなかった事は本当に有難い。
もう一度居間の方を見遣れば、炬燵布団に埋もれて居た筈の兄が転がる酒瓶を膝立ちのまま拾い集めていた。一体どれだけと言われそうな数だが、まだ自分の足も意識もハッキリとしている。兄は少し眠たそうな気配はするが、そこはまあいつもの事なので無視を決め込んだ。
「なー、ゆきー。さっきの味醂って、まだあるのか」
「あるよ。呑みたいなら冷やしとくね」
お盆に一式並べ終えて、冷蔵庫に味醂の瓶を入れてからそれを持ち上げる。
「おーう。瓶ここまとめとくぞー」
「ありがと。はい、お屠蘇」
「ん」
受け取ったお盆を炬燵の天板に置くと、纏めてあった食器を渡される。それを無言で流しに持っていって、雪男はようやっともとの位置に戻った。
「はー、ことしもおわりますなー」
「そうだね……眠い?」
「いや、ねむいっつーよりふわーっとしてる感じ?」
インターバルと言いながら入れた濃い緑茶を啜りながら燐が少しとろりとした目で首を傾げる。
眠気と言うには視線はしっかりしていて、どちらかと言えば少し欲が垣間見えるようなその色。
ああ、酔っているな。そう思って雪男は少し笑った。
「酔ってるね、珍しい。ワイン飲み過ぎだよ」
「あー。あれ美味かったからなー。一瓶空けたか、俺」
青いラベルのそれは偶然見つけたものだ。白の甘口、としか書かれていなかったのでその余りの甘さに吃驚したがそれを気に入ってかちょくちょく兄が買って来ている。
「僕あれ呑まないから兄さんひとりで空けてたよ。甘いの大好きだもんね、兄さん」
「おーう」
どうやらご機嫌のようだ。炬燵から出ている尻尾はぱたぱたと床を叩いている。
そして、刻まれる時計の針が、年のおわりとはじまりをを静かに告げた。
「明けた、な」
「うん」
そう言ってから、炬燵から出てキチリと座り直し、向かい合う。
「あけましておめでとうございます、今年も宜しくお願い致します」
キッチリハモッた言葉と同時に下げる頭の角度も同じ。毎年の事ではあるが、これが無いと年は迎えられない。
小さなころから、年明けの挨拶はこの言葉と教えられて来たのだから、仕方無い事だろう。
儀式のようなそれを終えて、雪男は盆を正座している間に置き、銚子の中身を杯に注いで兄に手渡す。
「はい、兄さん」
「さんきゅ」
とろりとした濃い琥珀の酒が、白い陶器に満たされる。
「じゃあ、今年一年また頑張りましょう」
「おう」
二人して掲げた杯の中身に口を付ければ、薬草独特の香りと風味に混じって仄甘さと酒精が口に広がった。
「あんま甘くねぇのな」
「お酒混ぜたからね。そのままだと僕が呑めないし」
こういうものは縁起物故に味は二の次、とはいえこれはこれでいけると言いながら飲み干すと、燐は盆を持ち上げて炬燵に置いた。
「じゃあ、呑みなおそうぜ。なんかつまみ作るから」
そう言って立ち上がろうとした兄の腕を掴んでもう一度座らせて。
雪男はそのままぎゅうと抱きついた。
「…にいさん、ありがとう」
「…なんだよ、急に」
「ぼくのにいさんでいてくれて、ありがとう」
突然に抱きすくめられて、そんな流れも無視したことを言われて燐は首を傾げる。
「………どうした、ゆき。なんか、あったか?」
ふるりと視線の先で弟の青みがかった黒髪が揺れる。
「ううん、ただ、ね。……急にそう思ったんだ」
抱き締められているせいで顔は見えなかったが、微笑っていると、幸せそうな顔をしていると。
漠然とだが必然的にそう、思ったその時に、飛び込んだ言葉。
「兄さんが居てくれれば、僕はそれで幸せだから」
そう言って、言葉を含んで首筋にかかる暖かな吐息。
身体の奥に覚えのある感覚が走るより先に、走馬灯のように流れるビジョン。
にいさんいてくれれば
それでぼくはしあわせだもの
それは、小さな小さな弟の、幸せそうな笑顔。
しあわせは、そばにあるよと。
ちいさな自分と弟が、手を繋いで笑ってこちらを見遣るのが、視えた気が、した。
「そっか」
さらりとした髪を撫でて、その手を背に回して抱き締める。
いつの間にか自分より大きくなってしまった背中に口惜しいと思いながら、燐は自分を護るその背をそっと、慈しむように撫でた。
「俺も、ゆきがいれば、それでいいよ」
大切なものは沢山あるけど、ただ一つはやはり片割れのこの弟だけなのだ。
きっと、弟は怒るだろうけど。それでも燐は、その想いを変えられない。
己の為に弟を犠牲にせよと言われたら、迷わずこの命を捨てられる。
弟は、何よりも想い存在なのだ。
けれど、弟は、どう思っているのだろう。
性格は違うと良く言われるけれど、根本的なところはそっくりだといつも思う。
弟も、まさか同じように考えているのだろうか。
可能性は高いけれど、聡明な弟の事だ。きっと、もっといい考えを巡らせているに違いない。
きっと、きっと。
雪男は、揺れる事無く、静かにその引金を引くのだ。
だからこそ、自分は全てを捨てる覚悟を、捨てられない。
そっと、瞼を閉じるとその肩に己の頬を当てて燐は囁く。
「お前の、側にいるよ。ゆき」
そう言って背を撫でる兄の掌を感じながら、雪男はただただ祈っていた。
この兄が、自分の身を顧みず。
何時か己の前で散るのではないか、と。
そして、兄が護ろうとする対象が自分であるその事、を。
雪男はちいさな時から知っていた、から。
だから、その背中ごと包み込むように護れるようになりたい。
そう願って選んだ路であったというのに、運命は全てを飲み込み兄を修羅の道へと誘った。
そして、兄はその道を選び、今となっては自分の隣で同じ路を歩んでいる。
もう誰も失わない、と。
その言葉には、ただ一人残った家族である自分が中心に据えられているのだろう。
そして、その身が傷つき己の血で塗れても、兄は自分の為ならいくらでもそれを受け入れるのだ。
だから、こそ。
誰もが羨み恐怖する程の、強さを。
自分と引き換えに兄を手に入れようなどという考えこそが甘いと思わせる程に強く、聡く。
そうなる為に、また、前へ進むのだ。
「……僕も、側にいる」
触れ合う体温が、暖かくて。
いっそ融けてしまえばいいのにと、そんな事を思ったせいなのか。
閉じた瞳の端から、暖かな涙が一つ。
音も無く零れて兄の肩へ、落ちていった。
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新年あけましておめでとうございます!元旦更新間に合った!
えーと、出来ちゃった前提の20歳過ぎで酒で背中の話?
薄暗くてすんませ……_| ̄|○
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では、良いお年を。
そう言って雪男は教室を出て行った。
学校の授業も昨日終わり、塾の講義も今日が最後。
しっかり宿題は出されてはいるが、一応の冬期休暇である。
実家に帰るもの、寮に残るもの様々ではあるが、燐には選択肢は無いのだ。
帰る事は赦されていない。弟と共に、この寮で休みを過ごすわけなの、だが。
「そういや、奥村ツインズは居残りやったねぇ」
志摩が、思い出したように燐に声をかける。それに心底うんざりした顔をして答えると燐は机に突っ伏した。
「天才祓魔師様にゴキョージュですよ。これから毎日毎日参考書とにらめっこしつつあいつの罵声聞くのかと思うと気が重い……しにそう……」
「いい機会や、なんか一つ覚えとき。役に立つ」
「うるせ。勝呂は頭いいからそういえんだよ」
ぶーと頬を膨らませる燐を一瞥して勝呂は眉間に皺を寄せたが、それを指で押さえて息を吐く。
「努力せぇへん限り才能なんか宝の持ち腐れや。使わな意味のうなってしまう。精々気張りや」
真剣な顔でそう言われては、燐も返す言葉は無い。何しろ相手は弟も認める優等生だ、そしてその才能は並ならぬ努力の賜物だという事も。
解ってはいるのだ、解っている。でも何よりも意味の分からない文字を追うのが辛いのだ。そんなこと言ったところでじゃあ簡単なのからねとか言って別の本を持って来るのが弟だ。逃げ道など有るはずが無い。
再度机に伏せあーだのうーだのと声をあげる燐の頭にいきなり固いものが打ち下ろされた。ぐぎゃ、という声と共に顔面は見事なまでに机にうちあたる。紙でも引いてあったなら見事な顏拓が取れていただろう。
そして、その背後には重そうな鞄を両手で掲げた奥村雪男が、いる。
「全く、そんなこと言ってたらいつまでたっても候補生から上には行けないって何度言ったかな」
どうやら、その兇器と言うには余りに殺傷性の高そうな鞄を兄の頭に落としたようだ。そんな事したらもっとバカになるだろうとその場に居た全員が思ったが、それは言わない方向でいこうと意思疎通も無しに全員一致で決定する。
「っ、っっっ、っ—————!」
「センセ、どうしはりました?」
「このボンクラを向かえに来たんです」
「ゆ、ゆきお、てめ…っ!」
赤くなった鼻を押さえつつ燐が睨みつけるが、そんなものは馬耳東風。
「奥村君?」
にっこりと、教師の面を被った顔で雪男が微笑んだ。
「ちょうどいいから勝呂君の提案を汲みましょう。祝詞を一種類暗唱。特別にこれを宿題に組み込みます」
一瞬、空気が止まった。
「な、ななななななな何を言い出すかーーーーー!」
「センセ、それ無茶ってもんやありませんか!」
「せやな……言葉の意味解ってへんと暗唱の意味無いからな……」
「お、奥村君!落ち着いて!落ち着いて!頑張れば何とか……ならへんかもしれん、けど……」
慌てる三人と目をむいて焦る燐を崩さぬ笑顔で見据えた瞬間、辺りがキィンと凍り付く。
青い瞳が、笑顔の中で絶対零度の温度を見せた。
「奥村君、返事、は?」
顔が笑ってるけども目が笑ってねぇよお前!
そう言って泣き出したかったが、こうなってはもう自分の退路は無い。
「はい……おくむらせんせー」
なんでまた、自分だけ。
そう思いながら燐はがっくりと肩を落とした。
まあ頑張り?と志摩が声をかけてくれはするが、どれだけ頑張ったらいいのかと頭を垂れる。
そんな空気を、いきなり柔らかな声が切り裂いた。
「燐、雪ちゃん!」
「しえみさん」
「……あんだよ」
制服姿もようやっと慣れて来たしえみが、たっぷりしたコートの裾をはためかせてて駆け寄って来る。
「確か、今日…だよ、ね?」
「あ?」
「へ?」
突然の事に、兄弟揃って間の抜けた声をあげるのだが。
「はい、これ」
差し出されたのは、二つの小さな包み。
「おたんじょうびおめでとう!」
またしても、空気が凍り付く。
ただし、さっきとは全く違う意味でだが。
「たんじょう、び?
「え、今日ですか?」
「うわぁ、また年の瀬に生まれはったんやね」
驚く三人は兎も角、双児はその言葉に固まったままだったが。
「……あ、そうか」
「そうだった。27だ今日」
その沈黙は、互いの間の抜けた声で破られる。
「あーそういや今朝おめでとうって言いあったっけ」
「そうだったね。あー、うっかり忘れてた」
「普通忘れないでしょ」
遠くから投げつけるように発せられた出雲の声に、雪男は肩をすくめる。
「まあ、普通はそうでしょうけど」
「俺らはまあ、普通の家庭じゃねぇしな。誕生日って言っても、特に何も無かったし」
「……それが当たり前だったから、ね」
そう言って、二人は少しだけ、遠くを見る素振りを、した。
+ + + + + +
教会の電気は、灯ったままだった。
一日ばたばたと、皆が走り回っていて修道院全体が浮き足立っているのは解っている。
「……はぁー」
クリスマスミサが終わって、すぐにニューイヤーミサだ。
本当ならこまごまとした雑務をこなしたり、代表としてどっかり座っていなければならないだろうが、正直こういうのは性に合わない。
そう思いながら、獅郎はこっそり抜け出して居住区の方へとそろそろと足を向けていた。
正直手持ち無沙汰だが、煙草はとうに止めていたし、そんな時用の飴玉も今はポケットの中に収まってはいない。腹が減っているわけではないから何か入れる必要も無いわけで。なのに何故抜け出しているかと言えば結局のところ何だかんだと理由を付けつつもあの子供達を見に行きたいだけなのだ。
ここのところ、教会の行事が立て込み過ぎて余り構ってやれていない。
誰かしらが相手を出来るようにはしているが、さみしくなってはないだろうか。
特に、雪男だ。
あれにはもう『視えて』いるのだ。それに震えて生きている事は不憫ではあるが、そこを乗り越えねばならないとも思う。だがしかし、まだまだ小さなこどもでしかない雪男に、そこまでの事実を突きつけるのもいかがなものか。
「上手くいかねぇもんだよなぁ、世界ってぇのは」
この世界に生まれ落ちたのは運命でしかない。
その運命を撥ね除けるだけの強さを、二人には持って欲しいのだ。
「さて、ちびどもはいいこにしてるかね……っと」
養い子である青い瞳の双児の部屋に差し掛かろうとしたとき。
なんでぼくらはおいわいしてもらえないの?
しかたねぇよ、とうさんいそがしいんだから
「おおおおお?おいおいおい?」
ぼくたちが、もらわれっこだからだって……!
なんだよそれ!
片方はしゃくり上げて、片方は困ったような怒ったような声で聞こえた来たそれは。
間違いなく養い子の声。
そろりと足音を立てぬように近づきドアを細く開けてみれば、二人が床に座り込んで顔を突き合わせていた。
尋常ではないな、と思うと獅郎はそのまま息をひそめて様子をうかがう事にしたのだ。
「だって、みんながいってたよ!とうさんはぼくらのほんとうのおとうさんじゃないからだって!」
だから、たんじょうびのぷれぜんともないしおいわいもしてもらえないんだ。
ぼろぼろと、大粒の涙をこぼしながら雪男は目の前の燐に向かって声を張り上げた。
きっと口惜しかったのだろう、顔を真っ赤にして唇を噛む姿は、いつもの泣き虫雪男の顔とは少し違っていた。
だからこそ、燐は手をぐっと握って雪男に突っかかったのだが。
「なんだよそれ!あんなやつらのいうことしんじんなよ!」
「でも!きょうぼくらのたんじょうびだよ?だれもおめでとうって、いってくれないよ?」
その言葉に、燐もそうだよな、と項垂れてしまう。
いつもなら、もう布団に入っている時間だ。でも、まだ誰も…修道院の皆でさえも、一言もその言葉をかけてはくれない。
忙しそうだな、とは思っていた。朝から皆がばたばたしているのは雪男も一緒に視ている。
解っている。それくらいはわかっているのだ。
自分たちは、普通の家のこどもとは違うという事位。
テレビで見るクリスマスは自分たちの知らないクリスマスでしか無いし、日曜は沢山の人がやって来てそこで歌を歌うのが当たり前だし、聖餅と言う名のものだとずっと思っていたそれが、クッキーと世間でいうのだとはつい最近知った程だ。
違いすぎるのだ、自分たちが暮らす場所と、その外が。
「ぼくら、いらないこなのかな……」
ぺしょん、と。
ぺちゃんこになった風船のように哀しそうな顔をする雪男を見ていると、自分も哀しくなって来る。
でも、こんな顔させておいていい筈は無い。
雪男が誕生日であるという事は、自分も誕生日だ。
双児というものはそう言うものだ、と義父がそう言っていた。
同じ日に、同じお母さんから生まれたんだよと教えてくれたのは、誰でもない義父で。
そう言って、おめでとうと。生まれて来てくれてありがとうと声をかけてくれたのは去年の事だったか。
そして、誰もその言葉を言ってくれないのならば。
「おれが、おめでとうっていってやる!」
側にいる自分が、言えばいいのだ。
いきなりそう言って雪男の両手を握ると、燐は真剣な顔をしてみせた。
「へ?」
「おれが、いっぱいいっぱいたんじょうびおめでとうっていう!だからなくな、ゆき!」
「にいさん、が?」
涙を浮かべた目でこてん、と首を傾げた雪男に、燐は一つ頷く。
「うん。おれが。たんじょうびおめでとう、ゆきお!」
にぱ、と笑ってそう告げられた瞬間、雪男のまあるく見開かれた瞳からまたぼろぼろと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「に、い…ひゃん」
「うわああああ、なくなよぉ!」
「だ、って…ぅえっ」
ごしごしと目を擦って向けた顔は、笑っている。
「なんだか、なみだ、でるんだ……ありがと、にいさん」
泣きはらした赤い目ではあったが、もう哀しい顔は何処かに消えていて。
「にいさんも、おめでとう!」
満面の笑みが、燐に向けられる。
「うん!ありがと!……あ」
それに笑って答えてから、燐ははたと思い出す。
「ぷれぜんとは…ない、けど……」
語尾が消えそうに小さくフェードアウドしつつ放たれたそれに、雪男は首をフルフルと振って返す。
「いいよ。にいさんいてくれればそれでぼくはしあわせだもの」
ふわりと笑う顔に、燐は何も言い返せない。
「じゃあ、いいつかおまえがぜったいほしいものができたらいちばんにおれにおしえろ!おれがそれをおまえにやる!」
「ほんと?」
「おう!おれはうそつかねぇ!」
わぁ、と上がった雪男の歓声に、燐はにんまりと笑う。
そして、もう一度互いにおめでとうと言い合ってぎゅうと抱きついた時。
「おーう!お前らいいこにしてっかー!」
ばたん!とドアが勢いよく口を開ける。
その音に双児はびくりと身体を震えさせ、ますますぎゅうと抱きつき合った。
「う、わ、ぁ」
「と、うさ」
ぴるぴると震える子猫の固まりのように総毛立ってしまったその様子に、獅郎はおやと首を傾げてみせる。
「どうしたお前ら寒いのか?まあそんなこたいいや」
ごそ、と常服の隠しを探ると、そこからシャラリと音を立てて取り出されたのは、銀色の鎖。
「燐、雪男」
おいで、と手招きすれば、恐る恐る腕を解いて二人が獅郎の前に並ぶ。
「とうさん?」
「なんだ?」
揃って首を同じタイミングで傾げる辺りはやはり同じ種なのだなと改めて思う。二卵性故に特徴的な程似てはいない筈だが、その眼差しや何でも無いところは不思議な程にそっくりなのだ。
「うごくなよー」
跪いて視線を合わせ、手の中にあった鎖をそれぞれの首にかけてやれば、涼やかな音と共に重みに沿ってそれは下がる。
先端には、小さなクロス。
その形自体に別に霊的加護も何も無いのだが、慰み程度の咒符と聖別は行った。何かしらの役に立てばいいとは思うが、お護り程度の役目しかないのは獅郎だって解っている。自分自身への気休めでもあるのだから、そこは仕方が無いのだが。
クロスは、燐のが射貫き型で、雪男のがノーマルなデザインだ。
よくよく見れば、それが一対のダブルクロスである事が解るのだが、幼子にはそこまでの理解は無い。
ただ、下げられたそれにうわぁと驚きを持って目を見張るだけだ。
「誕生日おめでとう。遅くなってすまんな」
そう。獅郎は先の双児の会話を聞いて、慌てて自分の部屋にとって帰り。
誕生日にでもと買い求めておいたそれを持って猛スピードで戻って来たのだ。
今日がそうだったと、すっかりわすれていた。いつもなら覚えているのに、よもや全員がすっぱり忘れていたとは、不覚というレベルではない。こどもは、こういったイベントごとで自分の置かれ方や愛情を計りかねない。ましてこのこども達は普段からそういうモノを与えられる機会が少ないのだ。この大切な日を忘れてしまったとは、何と罪深き事か。
まあ今更、許しを乞うても自分のそれを神が聞き届けるとは思えない、が。
そんな事を思いつつ、獅郎は双児の頭にそれぞれ掌を載せてやるとくしゃりと髪を掻き回した。
「お前達が産まれて来たこの日に感謝を。お前達の進む路が優しさで溢れる事を」
遠くから、鐘の鳴る音が聞こえる。ぎりぎりで間に合ったと獅郎が息一つ吐いた瞬間。
ふぇぇぇ、と双児が同時に声をあげた。
ぼろぼろと涙をこぼしてばかーと両手で獅郎の肩辺りを叩きながら二人が飛びついて獅郎の首にぎゅうーとしがみつく。
「お、おおおおい?どうしたー?そんなにしがみつかれるととうさん苦しいぞー?」
双児は、言葉を返さない。
ただ、とうさん、と。
ありがとう、と。
そう繰り返す二人に、獅郎はくしゃりと破顔してその小さな身体を抱き締めたのだった。
+ + + + + +
「……なあ、ゆき」
「ん?」
揃って何か思ったのだろう。そう目測をつけて、燐は雪男を見遣る。
「思い出した、のか?」
その言葉に、うんと一つ頷いて雪男が微笑んだ。
「そう言えば……貰ったのって、あれっきりだったね」
そう言って雪男が燐を見た。
懐かしい、あの過去の事を二人で思い出したのだ。双児は繋がりが強いとは言うが、ここまで来ると感応力レベルだな。そんなこと思いながらああ、と頷くと、二人は揃ってしえみに礼を述べる。
「さんきゅな」
「ありがとうごさいます」
揃って返されたそれに、しえみは真っ赤になってしどろもどろに返事を返した。
「え、そ、そんな、たいしたものじゃないから!」
「開けていいか?」
「へ?」
「ていうか、もう開けてるじゃない兄さん」
「えええええ?」
がさがさと包装紙を解いた燐が、それを持ち上げる。
「おおおおお、ハンカチ?」
「あ、あと、えっと、使えるものがいいかなって、思って……」
少し緑がかった淡い青はフロストブルーと呼ばれる色だ。それに、夜闇の空の色の刺繍糸でイニシャルが施してある。
よくよく見れば、しえみの指先にくるりと一枚巻かれた絆創膏。
どうやら、それはしえみ手ずからの品、らしい。
「雪ちゃんのも同じ…どう、かな」
すっかり茹だったように真っ赤になってしまったしえみに笑い返すと、燐はそれをもう一度慎重に包み紙に戻した。
「さんきゅ。大事にする」
「僕も、大切に使わせてもらいますね」
「うん!」
大きく頷き笑うしえみを見ながら、志摩がふいに首を傾げる。
「そう言えば、二人はプレゼント交換とかするん?」
「毎日毎日顔付き合わしとる兄弟で交換してどないするんや」
勝呂の突っ込みもどこ吹く風と志摩はにやにや二人を見遣るのだが。
うーん、と燐は首を傾げて、雪男は苦笑している。
「……まさか、ほんまに何もしてはりませんのん?」
「汝の隣人を愛せ、というのが義父の教えですので、自分の事は後回しなんですよ」
「だから、朝お互いに『たんじょうびおめでとう』って言って、それでおしまい」
えええええええ!そんな!さみしいやないか!等と絶叫する志摩をそのままに、燐は雪男の顔を横目で見遣った。
「……なんか欲しいものあるか?ケーキいるなら焼くけど」
「ケーキはいいよ。でも」
ふいに目を細めた雪男が、傍らの兄の耳元へ唇を寄せた。
「いつか、僕の欲しいものをくれるって言うのは、もう叶えてもらったから」
こそり、と囁かれたそれの意図に、燐が気付くまでたっぷり数十秒。
いきなりボン、と耳まで赤くなってしまった燐の様子に皆が首を傾げる様を見回して。
「僕は、言葉だけでもう十二分に祝ってもらってますから」
雪男は、満面の笑みを浮かべて一つ、頷いたのだった。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++
出来ちゃった前提で書いてみた。
ちょっと書きたかったネタ山盛りにし過ぎた件。
しろうとちみっこ兄弟がたのしかった。
約束通り夜にはあげましたよー!<昨夜のむらむら該当者の皆様へ
では、良いお年を。
そう言って雪男は教室を出て行った。
学校の授業も昨日終わり、塾の講義も今日が最後。
しっかり宿題は出されてはいるが、一応の冬期休暇である。
実家に帰るもの、寮に残るもの様々ではあるが、燐には選択肢は無いのだ。
帰る事は赦されていない。弟と共に、この寮で休みを過ごすわけなの、だが。
「そういや、奥村ツインズは居残りやったねぇ」
志摩が、思い出したように燐に声をかける。それに心底うんざりした顔をして答えると燐は机に突っ伏した。
「天才祓魔師様にゴキョージュですよ。これから毎日毎日参考書とにらめっこしつつあいつの罵声聞くのかと思うと気が重い……しにそう……」
「いい機会や、なんか一つ覚えとき。役に立つ」
「うるせ。勝呂は頭いいからそういえんだよ」
ぶーと頬を膨らませる燐を一瞥して勝呂は眉間に皺を寄せたが、それを指で押さえて息を吐く。
「努力せぇへん限り才能なんか宝の持ち腐れや。使わな意味のうなってしまう。精々気張りや」
真剣な顔でそう言われては、燐も返す言葉は無い。何しろ相手は弟も認める優等生だ、そしてその才能は並ならぬ努力の賜物だという事も。
解ってはいるのだ、解っている。でも何よりも意味の分からない文字を追うのが辛いのだ。そんなこと言ったところでじゃあ簡単なのからねとか言って別の本を持って来るのが弟だ。逃げ道など有るはずが無い。
再度机に伏せあーだのうーだのと声をあげる燐の頭にいきなり固いものが打ち下ろされた。ぐぎゃ、という声と共に顔面は見事なまでに机にうちあたる。紙でも引いてあったなら見事な顏拓が取れていただろう。
そして、その背後には重そうな鞄を両手で掲げた奥村雪男が、いる。
「全く、そんなこと言ってたらいつまでたっても候補生から上には行けないって何度言ったかな」
どうやら、その兇器と言うには余りに殺傷性の高そうな鞄を兄の頭に落としたようだ。そんな事したらもっとバカになるだろうとその場に居た全員が思ったが、それは言わない方向でいこうと意思疎通も無しに全員一致で決定する。
「っ、っっっ、っ—————!」
「センセ、どうしはりました?」
「このボンクラを向かえに来たんです」
「ゆ、ゆきお、てめ…っ!」
赤くなった鼻を押さえつつ燐が睨みつけるが、そんなものは馬耳東風。
「奥村君?」
にっこりと、教師の面を被った顔で雪男が微笑んだ。
「ちょうどいいから勝呂君の提案を汲みましょう。祝詞を一種類暗唱。特別にこれを宿題に組み込みます」
一瞬、空気が止まった。
「な、ななななななな何を言い出すかーーーーー!」
「センセ、それ無茶ってもんやありませんか!」
「せやな……言葉の意味解ってへんと暗唱の意味無いからな……」
「お、奥村君!落ち着いて!落ち着いて!頑張れば何とか……ならへんかもしれん、けど……」
慌てる三人と目をむいて焦る燐を崩さぬ笑顔で見据えた瞬間、辺りがキィンと凍り付く。
青い瞳が、笑顔の中で絶対零度の温度を見せた。
「奥村君、返事、は?」
顔が笑ってるけども目が笑ってねぇよお前!
そう言って泣き出したかったが、こうなってはもう自分の退路は無い。
「はい……おくむらせんせー」
なんでまた、自分だけ。
そう思いながら燐はがっくりと肩を落とした。
まあ頑張り?と志摩が声をかけてくれはするが、どれだけ頑張ったらいいのかと頭を垂れる。
そんな空気を、いきなり柔らかな声が切り裂いた。
「燐、雪ちゃん!」
「しえみさん」
「……あんだよ」
制服姿もようやっと慣れて来たしえみが、たっぷりしたコートの裾をはためかせてて駆け寄って来る。
「確か、今日…だよ、ね?」
「あ?」
「へ?」
突然の事に、兄弟揃って間の抜けた声をあげるのだが。
「はい、これ」
差し出されたのは、二つの小さな包み。
「おたんじょうびおめでとう!」
またしても、空気が凍り付く。
ただし、さっきとは全く違う意味でだが。
「たんじょう、び?
「え、今日ですか?」
「うわぁ、また年の瀬に生まれはったんやね」
驚く三人は兎も角、双児はその言葉に固まったままだったが。
「……あ、そうか」
「そうだった。27だ今日」
その沈黙は、互いの間の抜けた声で破られる。
「あーそういや今朝おめでとうって言いあったっけ」
「そうだったね。あー、うっかり忘れてた」
「普通忘れないでしょ」
遠くから投げつけるように発せられた出雲の声に、雪男は肩をすくめる。
「まあ、普通はそうでしょうけど」
「俺らはまあ、普通の家庭じゃねぇしな。誕生日って言っても、特に何も無かったし」
「……それが当たり前だったから、ね」
そう言って、二人は少しだけ、遠くを見る素振りを、した。
+ + + + + +
教会の電気は、灯ったままだった。
一日ばたばたと、皆が走り回っていて修道院全体が浮き足立っているのは解っている。
「……はぁー」
クリスマスミサが終わって、すぐにニューイヤーミサだ。
本当ならこまごまとした雑務をこなしたり、代表としてどっかり座っていなければならないだろうが、正直こういうのは性に合わない。
そう思いながら、獅郎はこっそり抜け出して居住区の方へとそろそろと足を向けていた。
正直手持ち無沙汰だが、煙草はとうに止めていたし、そんな時用の飴玉も今はポケットの中に収まってはいない。腹が減っているわけではないから何か入れる必要も無いわけで。なのに何故抜け出しているかと言えば結局のところ何だかんだと理由を付けつつもあの子供達を見に行きたいだけなのだ。
ここのところ、教会の行事が立て込み過ぎて余り構ってやれていない。
誰かしらが相手を出来るようにはしているが、さみしくなってはないだろうか。
特に、雪男だ。
あれにはもう『視えて』いるのだ。それに震えて生きている事は不憫ではあるが、そこを乗り越えねばならないとも思う。だがしかし、まだまだ小さなこどもでしかない雪男に、そこまでの事実を突きつけるのもいかがなものか。
「上手くいかねぇもんだよなぁ、世界ってぇのは」
この世界に生まれ落ちたのは運命でしかない。
その運命を撥ね除けるだけの強さを、二人には持って欲しいのだ。
「さて、ちびどもはいいこにしてるかね……っと」
養い子である青い瞳の双児の部屋に差し掛かろうとしたとき。
なんでぼくらはおいわいしてもらえないの?
しかたねぇよ、とうさんいそがしいんだから
「おおおおお?おいおいおい?」
ぼくたちが、もらわれっこだからだって……!
なんだよそれ!
片方はしゃくり上げて、片方は困ったような怒ったような声で聞こえた来たそれは。
間違いなく養い子の声。
そろりと足音を立てぬように近づきドアを細く開けてみれば、二人が床に座り込んで顔を突き合わせていた。
尋常ではないな、と思うと獅郎はそのまま息をひそめて様子をうかがう事にしたのだ。
「だって、みんながいってたよ!とうさんはぼくらのほんとうのおとうさんじゃないからだって!」
だから、たんじょうびのぷれぜんともないしおいわいもしてもらえないんだ。
ぼろぼろと、大粒の涙をこぼしながら雪男は目の前の燐に向かって声を張り上げた。
きっと口惜しかったのだろう、顔を真っ赤にして唇を噛む姿は、いつもの泣き虫雪男の顔とは少し違っていた。
だからこそ、燐は手をぐっと握って雪男に突っかかったのだが。
「なんだよそれ!あんなやつらのいうことしんじんなよ!」
「でも!きょうぼくらのたんじょうびだよ?だれもおめでとうって、いってくれないよ?」
その言葉に、燐もそうだよな、と項垂れてしまう。
いつもなら、もう布団に入っている時間だ。でも、まだ誰も…修道院の皆でさえも、一言もその言葉をかけてはくれない。
忙しそうだな、とは思っていた。朝から皆がばたばたしているのは雪男も一緒に視ている。
解っている。それくらいはわかっているのだ。
自分たちは、普通の家のこどもとは違うという事位。
テレビで見るクリスマスは自分たちの知らないクリスマスでしか無いし、日曜は沢山の人がやって来てそこで歌を歌うのが当たり前だし、聖餅と言う名のものだとずっと思っていたそれが、クッキーと世間でいうのだとはつい最近知った程だ。
違いすぎるのだ、自分たちが暮らす場所と、その外が。
「ぼくら、いらないこなのかな……」
ぺしょん、と。
ぺちゃんこになった風船のように哀しそうな顔をする雪男を見ていると、自分も哀しくなって来る。
でも、こんな顔させておいていい筈は無い。
雪男が誕生日であるという事は、自分も誕生日だ。
双児というものはそう言うものだ、と義父がそう言っていた。
同じ日に、同じお母さんから生まれたんだよと教えてくれたのは、誰でもない義父で。
そう言って、おめでとうと。生まれて来てくれてありがとうと声をかけてくれたのは去年の事だったか。
そして、誰もその言葉を言ってくれないのならば。
「おれが、おめでとうっていってやる!」
側にいる自分が、言えばいいのだ。
いきなりそう言って雪男の両手を握ると、燐は真剣な顔をしてみせた。
「へ?」
「おれが、いっぱいいっぱいたんじょうびおめでとうっていう!だからなくな、ゆき!」
「にいさん、が?」
涙を浮かべた目でこてん、と首を傾げた雪男に、燐は一つ頷く。
「うん。おれが。たんじょうびおめでとう、ゆきお!」
にぱ、と笑ってそう告げられた瞬間、雪男のまあるく見開かれた瞳からまたぼろぼろと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「に、い…ひゃん」
「うわああああ、なくなよぉ!」
「だ、って…ぅえっ」
ごしごしと目を擦って向けた顔は、笑っている。
「なんだか、なみだ、でるんだ……ありがと、にいさん」
泣きはらした赤い目ではあったが、もう哀しい顔は何処かに消えていて。
「にいさんも、おめでとう!」
満面の笑みが、燐に向けられる。
「うん!ありがと!……あ」
それに笑って答えてから、燐ははたと思い出す。
「ぷれぜんとは…ない、けど……」
語尾が消えそうに小さくフェードアウドしつつ放たれたそれに、雪男は首をフルフルと振って返す。
「いいよ。にいさんいてくれればそれでぼくはしあわせだもの」
ふわりと笑う顔に、燐は何も言い返せない。
「じゃあ、いいつかおまえがぜったいほしいものができたらいちばんにおれにおしえろ!おれがそれをおまえにやる!」
「ほんと?」
「おう!おれはうそつかねぇ!」
わぁ、と上がった雪男の歓声に、燐はにんまりと笑う。
そして、もう一度互いにおめでとうと言い合ってぎゅうと抱きついた時。
「おーう!お前らいいこにしてっかー!」
ばたん!とドアが勢いよく口を開ける。
その音に双児はびくりと身体を震えさせ、ますますぎゅうと抱きつき合った。
「う、わ、ぁ」
「と、うさ」
ぴるぴると震える子猫の固まりのように総毛立ってしまったその様子に、獅郎はおやと首を傾げてみせる。
「どうしたお前ら寒いのか?まあそんなこたいいや」
ごそ、と常服の隠しを探ると、そこからシャラリと音を立てて取り出されたのは、銀色の鎖。
「燐、雪男」
おいで、と手招きすれば、恐る恐る腕を解いて二人が獅郎の前に並ぶ。
「とうさん?」
「なんだ?」
揃って首を同じタイミングで傾げる辺りはやはり同じ種なのだなと改めて思う。二卵性故に特徴的な程似てはいない筈だが、その眼差しや何でも無いところは不思議な程にそっくりなのだ。
「うごくなよー」
跪いて視線を合わせ、手の中にあった鎖をそれぞれの首にかけてやれば、涼やかな音と共に重みに沿ってそれは下がる。
先端には、小さなクロス。
その形自体に別に霊的加護も何も無いのだが、慰み程度の咒符と聖別は行った。何かしらの役に立てばいいとは思うが、お護り程度の役目しかないのは獅郎だって解っている。自分自身への気休めでもあるのだから、そこは仕方が無いのだが。
クロスは、燐のが射貫き型で、雪男のがノーマルなデザインだ。
よくよく見れば、それが一対のダブルクロスである事が解るのだが、幼子にはそこまでの理解は無い。
ただ、下げられたそれにうわぁと驚きを持って目を見張るだけだ。
「誕生日おめでとう。遅くなってすまんな」
そう。獅郎は先の双児の会話を聞いて、慌てて自分の部屋にとって帰り。
誕生日にでもと買い求めておいたそれを持って猛スピードで戻って来たのだ。
今日がそうだったと、すっかりわすれていた。いつもなら覚えているのに、よもや全員がすっぱり忘れていたとは、不覚というレベルではない。こどもは、こういったイベントごとで自分の置かれ方や愛情を計りかねない。ましてこのこども達は普段からそういうモノを与えられる機会が少ないのだ。この大切な日を忘れてしまったとは、何と罪深き事か。
まあ今更、許しを乞うても自分のそれを神が聞き届けるとは思えない、が。
そんな事を思いつつ、獅郎は双児の頭にそれぞれ掌を載せてやるとくしゃりと髪を掻き回した。
「お前達が産まれて来たこの日に感謝を。お前達の進む路が優しさで溢れる事を」
遠くから、鐘の鳴る音が聞こえる。ぎりぎりで間に合ったと獅郎が息一つ吐いた瞬間。
ふぇぇぇ、と双児が同時に声をあげた。
ぼろぼろと涙をこぼしてばかーと両手で獅郎の肩辺りを叩きながら二人が飛びついて獅郎の首にぎゅうーとしがみつく。
「お、おおおおい?どうしたー?そんなにしがみつかれるととうさん苦しいぞー?」
双児は、言葉を返さない。
ただ、とうさん、と。
ありがとう、と。
そう繰り返す二人に、獅郎はくしゃりと破顔してその小さな身体を抱き締めたのだった。
+ + + + + +
「……なあ、ゆき」
「ん?」
揃って何か思ったのだろう。そう目測をつけて、燐は雪男を見遣る。
「思い出した、のか?」
その言葉に、うんと一つ頷いて雪男が微笑んだ。
「そう言えば……貰ったのって、あれっきりだったね」
そう言って雪男が燐を見た。
懐かしい、あの過去の事を二人で思い出したのだ。双児は繋がりが強いとは言うが、ここまで来ると感応力レベルだな。そんなこと思いながらああ、と頷くと、二人は揃ってしえみに礼を述べる。
「さんきゅな」
「ありがとうごさいます」
揃って返されたそれに、しえみは真っ赤になってしどろもどろに返事を返した。
「え、そ、そんな、たいしたものじゃないから!」
「開けていいか?」
「へ?」
「ていうか、もう開けてるじゃない兄さん」
「えええええ?」
がさがさと包装紙を解いた燐が、それを持ち上げる。
「おおおおお、ハンカチ?」
「あ、あと、えっと、使えるものがいいかなって、思って……」
少し緑がかった淡い青はフロストブルーと呼ばれる色だ。それに、夜闇の空の色の刺繍糸でイニシャルが施してある。
よくよく見れば、しえみの指先にくるりと一枚巻かれた絆創膏。
どうやら、それはしえみ手ずからの品、らしい。
「雪ちゃんのも同じ…どう、かな」
すっかり茹だったように真っ赤になってしまったしえみに笑い返すと、燐はそれをもう一度慎重に包み紙に戻した。
「さんきゅ。大事にする」
「僕も、大切に使わせてもらいますね」
「うん!」
大きく頷き笑うしえみを見ながら、志摩がふいに首を傾げる。
「そう言えば、二人はプレゼント交換とかするん?」
「毎日毎日顔付き合わしとる兄弟で交換してどないするんや」
勝呂の突っ込みもどこ吹く風と志摩はにやにや二人を見遣るのだが。
うーん、と燐は首を傾げて、雪男は苦笑している。
「……まさか、ほんまに何もしてはりませんのん?」
「汝の隣人を愛せ、というのが義父の教えですので、自分の事は後回しなんですよ」
「だから、朝お互いに『たんじょうびおめでとう』って言って、それでおしまい」
えええええええ!そんな!さみしいやないか!等と絶叫する志摩をそのままに、燐は雪男の顔を横目で見遣った。
「……なんか欲しいものあるか?ケーキいるなら焼くけど」
「ケーキはいいよ。でも」
ふいに目を細めた雪男が、傍らの兄の耳元へ唇を寄せた。
「いつか、僕の欲しいものをくれるって言うのは、もう叶えてもらったから」
こそり、と囁かれたそれの意図に、燐が気付くまでたっぷり数十秒。
いきなりボン、と耳まで赤くなってしまった燐の様子に皆が首を傾げる様を見回して。
「僕は、言葉だけでもう十二分に祝ってもらってますから」
雪男は、満面の笑みを浮かべて一つ、頷いたのだった。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++
出来ちゃった前提で書いてみた。
ちょっと書きたかったネタ山盛りにし過ぎた件。
しろうとちみっこ兄弟がたのしかった。
約束通り夜にはあげましたよー!<昨夜のむらむら該当者の皆様へ
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「なぁ、ゆき、俺らの分は?」
寮に戻る道すがら、ふいに思い出したようにかけられた燐の言葉に雪男は何故か遠い目をしてみせる。
「……ごめん、実はよけ忘れた」
今朝、皆に渡す分は修道院行きの分から取り分けたのだが、元々自分たちの分という概念が無かった為にそれを取り分けるのをすっかり忘れていたのだ。
「お前、なんでこういう時にうっかりってのが多いんだ?」
「さぁ、どうしてだろう…食べたかった?」
「んー、まあ、ちょっと」
若干残念という顔をしていた兄にもう一度謝ると雪男は部屋のドアを開ける。
「今度、何か違うお菓子でも買いに行こう。シュトーレンもまだあるけ、ど……」
電気をつけて、自分の机に視線を向けて、言葉が止まった。
「にい、さ……これ」
「おう。覚えてるか?」
「覚えてるも何も…これ、義父さんの部屋に置いてあったヘクセンンハウスじゃ…」
それは、高さにして十五センチ程の、両の手に乗る位のサイズのもの。
作っている時にはこのサイズは無かった筈なのに、そう思って兄を見てみれば。
「メリークリスマス、良き日を、良き日を」
零れたそれは、あの道化師のところで聞いた、懐かしい調べ。
にや、と笑うそれは、何処か義父に似ていた。
「こっそり作ってたんだよ。見つからねぇようにするの結構大変だったんだからな!」
アクリルケースに収められたそれは、修道院のものともメフィストに渡されたものとも姿を違えていた。通常であれば砂糖衣の他に砂糖菓子も使って装飾を施すのだが、これは砂糖衣のみでレースのような繊細な文様が細かに記されている。
「ジジィがな、お前にも作ってやれって言ってたんだよ。お前、正十字学園行くだろうから、こっちへはちょくちょく帰れなくなるから、きっと喜ぶってな」
「そうだったんだ」
「おう。その時に、この模様習ったんだ。一昨年からずっと、俺が作ってるのは全部この模様になってる。てかさ、これ……ケルト文様とか、入ってるんだよ、な?今までよく解んなかったけど」
流石の兄にも今はその手の知識が入っている。きっと、作りながら疑問に思っては居たのだろう。
パターン化された細かな模様はそこかしこに護りの記号が隠されていて、それ自体が護符と成りうるものでもあるが、兄はそれを全く知らず、ずっと作り続けていたわけなのだ。
それはこれの持つ咒的レベルがどうというわけではなく、兄の力が強い証拠。
魔の力を持つ者でも扱えるという事の持つ意味は、もっと深いところにある。
それが魔王レベルとなれば尚更だ。
力の根源、というもの自体を、洗い直す必要性だって出て来るかもしれない。
それでも、護りの護符である。
気休めでしかないのは見ての通りだが、それに感情が乗れば、それは本当の護りへと繋がっていく。
想いは、何時しか形に変わるのだ。
「そう言う意味、あったんだよな。あの、クローバーみたいにさ」
「……そうだね」
リースも、ツリーも、宿り木も。
クリスマスの装飾は一つ一つにきちんと意味がある。
小さな護りに祈りを載せて、大切な人へと贈る、その意味を。
「きっと、そうだ」
頷いて、兄を見ればいつもの無駄に自信ありげなあの笑顔が見えた。
「それ、お前のだからな。飾っとけ」
「というか、僕等二人のでいいだろ。どうせ一緒にいるんだし」
そう言えば、燐がズイと迫りよって顔を近づける。
「いいんだよ、俺からお前にやったの!有難く貰っとけ!」
真剣にそう言われて、流石に二の句が継げなくて。
降参とばかりに両の手をあげて、雪男は笑った。
「……うん。ありがとう、兄さん」
「ん」
魔女の家に、小さな宿り木のリースをかけて。
きょうだいは、くつりと嗤って懐かしい言葉を口ずさむ。
何時しか灯っていた星が、それに答えるようにきらきらと瞬いていた。
良き日を、メリークリスマス
2009.12.2~2009.12.23 ende.
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++
おわった……!
やっと終わった……!間に合った!
というわけで、クリスマス話完了です。
おつきあい頂きありがとうございました!
「なぁ、ゆき、俺らの分は?」
寮に戻る道すがら、ふいに思い出したようにかけられた燐の言葉に雪男は何故か遠い目をしてみせる。
「……ごめん、実はよけ忘れた」
今朝、皆に渡す分は修道院行きの分から取り分けたのだが、元々自分たちの分という概念が無かった為にそれを取り分けるのをすっかり忘れていたのだ。
「お前、なんでこういう時にうっかりってのが多いんだ?」
「さぁ、どうしてだろう…食べたかった?」
「んー、まあ、ちょっと」
若干残念という顔をしていた兄にもう一度謝ると雪男は部屋のドアを開ける。
「今度、何か違うお菓子でも買いに行こう。シュトーレンもまだあるけ、ど……」
電気をつけて、自分の机に視線を向けて、言葉が止まった。
「にい、さ……これ」
「おう。覚えてるか?」
「覚えてるも何も…これ、義父さんの部屋に置いてあったヘクセンンハウスじゃ…」
それは、高さにして十五センチ程の、両の手に乗る位のサイズのもの。
作っている時にはこのサイズは無かった筈なのに、そう思って兄を見てみれば。
「メリークリスマス、良き日を、良き日を」
零れたそれは、あの道化師のところで聞いた、懐かしい調べ。
にや、と笑うそれは、何処か義父に似ていた。
「こっそり作ってたんだよ。見つからねぇようにするの結構大変だったんだからな!」
アクリルケースに収められたそれは、修道院のものともメフィストに渡されたものとも姿を違えていた。通常であれば砂糖衣の他に砂糖菓子も使って装飾を施すのだが、これは砂糖衣のみでレースのような繊細な文様が細かに記されている。
「ジジィがな、お前にも作ってやれって言ってたんだよ。お前、正十字学園行くだろうから、こっちへはちょくちょく帰れなくなるから、きっと喜ぶってな」
「そうだったんだ」
「おう。その時に、この模様習ったんだ。一昨年からずっと、俺が作ってるのは全部この模様になってる。てかさ、これ……ケルト文様とか、入ってるんだよ、な?今までよく解んなかったけど」
流石の兄にも今はその手の知識が入っている。きっと、作りながら疑問に思っては居たのだろう。
パターン化された細かな模様はそこかしこに護りの記号が隠されていて、それ自体が護符と成りうるものでもあるが、兄はそれを全く知らず、ずっと作り続けていたわけなのだ。
それはこれの持つ咒的レベルがどうというわけではなく、兄の力が強い証拠。
魔の力を持つ者でも扱えるという事の持つ意味は、もっと深いところにある。
それが魔王レベルとなれば尚更だ。
力の根源、というもの自体を、洗い直す必要性だって出て来るかもしれない。
それでも、護りの護符である。
気休めでしかないのは見ての通りだが、それに感情が乗れば、それは本当の護りへと繋がっていく。
想いは、何時しか形に変わるのだ。
「そう言う意味、あったんだよな。あの、クローバーみたいにさ」
「……そうだね」
リースも、ツリーも、宿り木も。
クリスマスの装飾は一つ一つにきちんと意味がある。
小さな護りに祈りを載せて、大切な人へと贈る、その意味を。
「きっと、そうだ」
頷いて、兄を見ればいつもの無駄に自信ありげなあの笑顔が見えた。
「それ、お前のだからな。飾っとけ」
「というか、僕等二人のでいいだろ。どうせ一緒にいるんだし」
そう言えば、燐がズイと迫りよって顔を近づける。
「いいんだよ、俺からお前にやったの!有難く貰っとけ!」
真剣にそう言われて、流石に二の句が継げなくて。
降参とばかりに両の手をあげて、雪男は笑った。
「……うん。ありがとう、兄さん」
「ん」
魔女の家に、小さな宿り木のリースをかけて。
きょうだいは、くつりと嗤って懐かしい言葉を口ずさむ。
何時しか灯っていた星が、それに答えるようにきらきらと瞬いていた。
良き日を、メリークリスマス
2009.12.2~2009.12.23 ende.
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おわった……!
やっと終わった……!間に合った!
というわけで、クリスマス話完了です。
おつきあい頂きありがとうございました!
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授業の終了の鐘が鳴り響く。
これで、今日の分の講義は全て終わりだ。
ふは、と息を吐き出しつつ伸びをしていると、今日は受け持ちの無い筈の雪男がひょっこりと顔を出した。
「お疲れ様です」
「奥村センセ、どうしはりました」
「先生はいいですよ、今日は教師として来たわけじゃないですし」
そう言えば、団服を纏わず正十字学園の制服だけという格好はここでは余り見ないよな、と燐はぼんやり考えていた。そんなに重ねて動きにくくないのかと一回聞いた事もあったが、別にとさらり一言で流されたのは覚えているが。
「クリスマスも近いですから、良かったら皆さんに。うちの修道院のレープクーヘンです」
手に収まるサイズの籠には、色とりどりの砂糖衣で飾ったクッキーが入っていた。
「昨日のお休みに、しえみさんと神木さんが作業を手伝ってくれたんです。お陰で今回は可愛らしく出来上がったとなかなか評判でした。有難うございます」
そう言って、兄さん、と雪男が燐を呼ぶ。手招きまでされていては行くしかあるまいと立ち上がって側まで行けば、可愛らしくラッピングされた包みを二つ手の上に乗せられる。
「はい、二人に渡して。お礼ですってちゃんと言うんだよ?」
「おま、何それどこまで俺を子供扱い?」
「センセ、それはあんまりにもおもろ…可愛そやないですか」
必死に笑いを堪える志摩に向かって燐が吠え掛かりそうだったのを目で制し背を押して向かわせると、雪男はまがおで一つ頭を振った。
「いいんです。兄さんを甘やかすとろくな事が無い」
「十分甘やかしとる思うけどな……」
冷たくあたっているようで、雪男は存分に燐に甘い。どう見ても誰が見てもそうだろう、怒鳴り貶していても、最後に折れるのは雪男だ。それを見ているだけに出た言葉ではあったのだが。
「何か言いましたが、勝呂君」
ひょう、と自分の脇を零度の風が吹き抜けた気がした。
関わらん方がええ、あれは魔王以上に恐ろしい。
そう、腹の内で零すだけに留めて、勝呂はすいと視線を反らす。
「いや、なんでも…ない」
「そうですか。まあ、兎も角これ皆で食べてくださいね?」
そう言って籠を勝呂に押し付けると雪男は女子二人と話し込んでいる兄に向かって声を張り上げる。
「兄さん!帰るよ!」
「おー、りょーかーい。じゃあな」
「うん、じゃあまた明日ね、燐!」
「……じゃあね」
簡単に手を振ってから荷物を抱えて、ドアの前で待つ弟の傍らへ向かう燐の姿に、勝呂は大きく息を吐く。
「めっちゃ甘いわ」
「確かに甘いですねぇ、これ」
同意するようにクッキーを銜えた子猫丸が呟くが、志摩がそれに冷静に突っ込み返した。
「や、子猫丸、坊が言うてはるのそれの味やないと思う…」
突っ込まれてるのかボケにボケられたのか解らないと思いながら、籠に盛られたクッキーを取り上げて噛み付く。
「甘いわ。ほんまに」
どっちが作ったにしろ、これは作ったものの本性が出ているに違いない。そう思いつつ、勝呂はまた息を一つ、ついた。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++
あ、あとすこし……!
勝呂達の言葉遣い難しい……
授業の終了の鐘が鳴り響く。
これで、今日の分の講義は全て終わりだ。
ふは、と息を吐き出しつつ伸びをしていると、今日は受け持ちの無い筈の雪男がひょっこりと顔を出した。
「お疲れ様です」
「奥村センセ、どうしはりました」
「先生はいいですよ、今日は教師として来たわけじゃないですし」
そう言えば、団服を纏わず正十字学園の制服だけという格好はここでは余り見ないよな、と燐はぼんやり考えていた。そんなに重ねて動きにくくないのかと一回聞いた事もあったが、別にとさらり一言で流されたのは覚えているが。
「クリスマスも近いですから、良かったら皆さんに。うちの修道院のレープクーヘンです」
手に収まるサイズの籠には、色とりどりの砂糖衣で飾ったクッキーが入っていた。
「昨日のお休みに、しえみさんと神木さんが作業を手伝ってくれたんです。お陰で今回は可愛らしく出来上がったとなかなか評判でした。有難うございます」
そう言って、兄さん、と雪男が燐を呼ぶ。手招きまでされていては行くしかあるまいと立ち上がって側まで行けば、可愛らしくラッピングされた包みを二つ手の上に乗せられる。
「はい、二人に渡して。お礼ですってちゃんと言うんだよ?」
「おま、何それどこまで俺を子供扱い?」
「センセ、それはあんまりにもおもろ…可愛そやないですか」
必死に笑いを堪える志摩に向かって燐が吠え掛かりそうだったのを目で制し背を押して向かわせると、雪男はまがおで一つ頭を振った。
「いいんです。兄さんを甘やかすとろくな事が無い」
「十分甘やかしとる思うけどな……」
冷たくあたっているようで、雪男は存分に燐に甘い。どう見ても誰が見てもそうだろう、怒鳴り貶していても、最後に折れるのは雪男だ。それを見ているだけに出た言葉ではあったのだが。
「何か言いましたが、勝呂君」
ひょう、と自分の脇を零度の風が吹き抜けた気がした。
関わらん方がええ、あれは魔王以上に恐ろしい。
そう、腹の内で零すだけに留めて、勝呂はすいと視線を反らす。
「いや、なんでも…ない」
「そうですか。まあ、兎も角これ皆で食べてくださいね?」
そう言って籠を勝呂に押し付けると雪男は女子二人と話し込んでいる兄に向かって声を張り上げる。
「兄さん!帰るよ!」
「おー、りょーかーい。じゃあな」
「うん、じゃあまた明日ね、燐!」
「……じゃあね」
簡単に手を振ってから荷物を抱えて、ドアの前で待つ弟の傍らへ向かう燐の姿に、勝呂は大きく息を吐く。
「めっちゃ甘いわ」
「確かに甘いですねぇ、これ」
同意するようにクッキーを銜えた子猫丸が呟くが、志摩がそれに冷静に突っ込み返した。
「や、子猫丸、坊が言うてはるのそれの味やないと思う…」
突っ込まれてるのかボケにボケられたのか解らないと思いながら、籠に盛られたクッキーを取り上げて噛み付く。
「甘いわ。ほんまに」
どっちが作ったにしろ、これは作ったものの本性が出ているに違いない。そう思いつつ、勝呂はまた息を一つ、ついた。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++
あ、あとすこし……!
勝呂達の言葉遣い難しい……
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++
彼の執務室は、いっそ見事な程に緑と赤と白の物体で溢れ返っていた。
「……リースを並べて吊るしても何の意味もありませんよ、フェレス卿」
「そんなことはいいんですよ。何しろクリスマスはこの国では単なるイベントでしかないんですから!楽しんだ方が勝ちですからね」
そう言って手招きするメフィストの前にセロファンの包みを置いてやる。
「どうぞ、お約束のものです」
茶褐色のクッキーを彩る純白の砂糖衣の装飾。レースのように細かなそれは南十字男子修道院のクリスマスの風物詩でもある。よく見れば、リースも修道院で作られる宿り木を使ったものが混じっていた。きっと修道院まで行って持って来たのだろうなと思いつつ雪男は息をつく。
「おおおおお、やっと丸まる一つ手に入れられましたよー!」
「丸々一つって、まさか食べる気じゃないですよね?」
というか、ヘクセンハウスは本来飾るものであって食用に適してはいない。固く固く焼き締めて水分も極力減らして作られた生地は、うんざりする程に固く、砂糖衣でこってりと甘く仕上がっている。なのでこの、存在自体が混沌とも言える道化師がそこに美味を求めていると言うなら見当違いではあるのだが、一応聞いてみればにやにやとしながら嬉しそうに口を開いた。
「いやいやいや、流石にこれは食べませんよ。食べようと思えば何とかなりますが、視覚で愛でるものと味覚で愛でるものの区別位はつけてますからねぇ」
「うちのクリスマスのクッキー食べた事あるんですか?」
「それは勿論!貴方達のお義父さんが必ずレープクーヘンを持って来てくれてましたからねぇ。息子が作ったんだから大切に食べろと毎回目尻下げて持って来る様はとても聖騎士には見えなかったわけですが、あれはあれでとても美味しかった。それでもまさか貴方のお兄さんがクッキー作成のほぼ全行程をこなしていたとは思いませんでしたがね」
持ち上げ、右に左に上に下にと視線を這わせるそれは、子供が珍しいものを手に入れた時のように純粋だ。むしろ、純粋すぎて恐怖すら感じる事もあるのだが。
「この綺麗で滑稽なものを一度手元においてみたいと心底思っていた。それだけですよ」
ふ、と。
その瞳が何処か遠くを眺めるような素振りを見せた。
目を細め、酷く優しい表情をしている彼は、いつものそれとは全く違う。
「まあ、懐かしいものです」
そう言って、にぃと歪んだ唇は、その視線の色と正反対のそれ。
「……今に成っては、遠い過去、ですが」
「…?」
真意は、汲み取れない。
何を思っているのかすら、今の自分では解らないのだ。
義父が、居たら解っただろうか。
そんな事をふと思ったが、それは最早望んでも叶わぬ願い。
考えても仕方無い、とその思考を追いやろうとしたその時。
「そんなことはさておき、奥村君?」
ふいに名を呼ばれ顔を上げれば、目の前の道化師は胡散臭く不敵で奥底の見えないいつもの笑顔に戻っている。
「ちょうど珈琲が入ったところなんです。付き合いなさい」
「まだ片付けもありますのでこの辺でおいとましたいのですが」
正直、この男に付き合っていれば時間はいくらあっても足りないのだ。自分は一つ話す言葉に万倍で返して来るという特性はきっと生まれつきなのだろうがかなり厄介でもある。
「大丈夫ですよ、お兄さんには連絡を先ほど入れておきました。片付けくらいひとりでやらせておきなさい、子供じゃないんですから」
まあ、あなた方はまだまだ子供ですがね、私にとっては。
そう零した声が届いたが、聞こえない振りをしている雪男に向かって座れと視線が訴える。
仕方無いと腰掛けた雪男の前に、珈琲の入ったカップが置かれた。
「ミルクとお砂糖はいりますか?」
「結構です」
褐色の液体は、湯気と共に香り高く芳香を運ぶ。流石にいい豆を使って、丁寧に入れられたいるのだろう。一口含んだそれは、とても優しい味がした。
「無理しなくていいんですよ。ああそうそう、シュトーレンがあります」
そう言いながら、脇にあった菓子皿のカバーを取り上げて差し出して来る。たっぷりと粉砂糖の雪を被った大きなシュトーレンが顔を出した。
「珈琲に良く合いますからお食べなさい」
「これだけで充分です」
「私も一切れ頂きましょう。君も一切れ取りなさい」
反論しているのだが、それは反論と捉えてもらえないようだ。むしろ相手はさあ喰えと言わんばかりに皿をこちらに押し付ける。
こうなってはもう食べないという選択肢を選ばせては貰えない。
「……頂きます」
聞こえても構うものかと小さく舌打ちしつつなるだけ小さいのをとって口に運べば、濃厚なバターとドライフルーツ、アーモンドの味が広がっていく。確かに、今飲んでいる珈琲には良く合うようだ。
多量に食べるものではないな、とは思ったがそれはメフィストも同じ考えだったようだ。
「流石に全部は食べ切れないので、残りはお兄さんへお土産とお礼に持っていくように」
さも当たり前のように、蓋を戻しまっさらな大判のキッチンクロスを何処からか取り出してそれを包んでしまう。ご近所にお裾分けに行くような状況になった皿を雪男の前に改めて置くとメフィストはにんまりと笑った。
「日持ちはしますから、朝ご飯にでもお食べなさい」
とはいえ、このシュトーレンの大きさは。
「……二人しかいないんですよ?嫌がらせですかこれ」
軽く三十センチはあるかというそれを載せた皿もそれなりの大きさだ。
少しうんざりした顔の雪男を見て、くつりと喉を鳴らすとメフィストは小さなリースを包みの上に乗せてみせる。
「いえ、あなた方のお義父上の友人として、クリスマスのアドベントに色を添えようと思っているだけですよ」
メリークリスマス、良き日を、良き日を。
調子外れのテンポで歌うように放たれた言葉は、いつも義父がこの時期になると口ずさんだ言葉。
息を飲んだ雪男の様子にしてやってたりという顔で返して。
義父の友人は、お戻りなさいとドアを指差したのだ。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++
メフィやっと書けた…!
やっと終わりが見えてきた—————!!!
というわけで後1コマ2コマです(増えてないか?)
彼の執務室は、いっそ見事な程に緑と赤と白の物体で溢れ返っていた。
「……リースを並べて吊るしても何の意味もありませんよ、フェレス卿」
「そんなことはいいんですよ。何しろクリスマスはこの国では単なるイベントでしかないんですから!楽しんだ方が勝ちですからね」
そう言って手招きするメフィストの前にセロファンの包みを置いてやる。
「どうぞ、お約束のものです」
茶褐色のクッキーを彩る純白の砂糖衣の装飾。レースのように細かなそれは南十字男子修道院のクリスマスの風物詩でもある。よく見れば、リースも修道院で作られる宿り木を使ったものが混じっていた。きっと修道院まで行って持って来たのだろうなと思いつつ雪男は息をつく。
「おおおおお、やっと丸まる一つ手に入れられましたよー!」
「丸々一つって、まさか食べる気じゃないですよね?」
というか、ヘクセンハウスは本来飾るものであって食用に適してはいない。固く固く焼き締めて水分も極力減らして作られた生地は、うんざりする程に固く、砂糖衣でこってりと甘く仕上がっている。なのでこの、存在自体が混沌とも言える道化師がそこに美味を求めていると言うなら見当違いではあるのだが、一応聞いてみればにやにやとしながら嬉しそうに口を開いた。
「いやいやいや、流石にこれは食べませんよ。食べようと思えば何とかなりますが、視覚で愛でるものと味覚で愛でるものの区別位はつけてますからねぇ」
「うちのクリスマスのクッキー食べた事あるんですか?」
「それは勿論!貴方達のお義父さんが必ずレープクーヘンを持って来てくれてましたからねぇ。息子が作ったんだから大切に食べろと毎回目尻下げて持って来る様はとても聖騎士には見えなかったわけですが、あれはあれでとても美味しかった。それでもまさか貴方のお兄さんがクッキー作成のほぼ全行程をこなしていたとは思いませんでしたがね」
持ち上げ、右に左に上に下にと視線を這わせるそれは、子供が珍しいものを手に入れた時のように純粋だ。むしろ、純粋すぎて恐怖すら感じる事もあるのだが。
「この綺麗で滑稽なものを一度手元においてみたいと心底思っていた。それだけですよ」
ふ、と。
その瞳が何処か遠くを眺めるような素振りを見せた。
目を細め、酷く優しい表情をしている彼は、いつものそれとは全く違う。
「まあ、懐かしいものです」
そう言って、にぃと歪んだ唇は、その視線の色と正反対のそれ。
「……今に成っては、遠い過去、ですが」
「…?」
真意は、汲み取れない。
何を思っているのかすら、今の自分では解らないのだ。
義父が、居たら解っただろうか。
そんな事をふと思ったが、それは最早望んでも叶わぬ願い。
考えても仕方無い、とその思考を追いやろうとしたその時。
「そんなことはさておき、奥村君?」
ふいに名を呼ばれ顔を上げれば、目の前の道化師は胡散臭く不敵で奥底の見えないいつもの笑顔に戻っている。
「ちょうど珈琲が入ったところなんです。付き合いなさい」
「まだ片付けもありますのでこの辺でおいとましたいのですが」
正直、この男に付き合っていれば時間はいくらあっても足りないのだ。自分は一つ話す言葉に万倍で返して来るという特性はきっと生まれつきなのだろうがかなり厄介でもある。
「大丈夫ですよ、お兄さんには連絡を先ほど入れておきました。片付けくらいひとりでやらせておきなさい、子供じゃないんですから」
まあ、あなた方はまだまだ子供ですがね、私にとっては。
そう零した声が届いたが、聞こえない振りをしている雪男に向かって座れと視線が訴える。
仕方無いと腰掛けた雪男の前に、珈琲の入ったカップが置かれた。
「ミルクとお砂糖はいりますか?」
「結構です」
褐色の液体は、湯気と共に香り高く芳香を運ぶ。流石にいい豆を使って、丁寧に入れられたいるのだろう。一口含んだそれは、とても優しい味がした。
「無理しなくていいんですよ。ああそうそう、シュトーレンがあります」
そう言いながら、脇にあった菓子皿のカバーを取り上げて差し出して来る。たっぷりと粉砂糖の雪を被った大きなシュトーレンが顔を出した。
「珈琲に良く合いますからお食べなさい」
「これだけで充分です」
「私も一切れ頂きましょう。君も一切れ取りなさい」
反論しているのだが、それは反論と捉えてもらえないようだ。むしろ相手はさあ喰えと言わんばかりに皿をこちらに押し付ける。
こうなってはもう食べないという選択肢を選ばせては貰えない。
「……頂きます」
聞こえても構うものかと小さく舌打ちしつつなるだけ小さいのをとって口に運べば、濃厚なバターとドライフルーツ、アーモンドの味が広がっていく。確かに、今飲んでいる珈琲には良く合うようだ。
多量に食べるものではないな、とは思ったがそれはメフィストも同じ考えだったようだ。
「流石に全部は食べ切れないので、残りはお兄さんへお土産とお礼に持っていくように」
さも当たり前のように、蓋を戻しまっさらな大判のキッチンクロスを何処からか取り出してそれを包んでしまう。ご近所にお裾分けに行くような状況になった皿を雪男の前に改めて置くとメフィストはにんまりと笑った。
「日持ちはしますから、朝ご飯にでもお食べなさい」
とはいえ、このシュトーレンの大きさは。
「……二人しかいないんですよ?嫌がらせですかこれ」
軽く三十センチはあるかというそれを載せた皿もそれなりの大きさだ。
少しうんざりした顔の雪男を見て、くつりと喉を鳴らすとメフィストは小さなリースを包みの上に乗せてみせる。
「いえ、あなた方のお義父上の友人として、クリスマスのアドベントに色を添えようと思っているだけですよ」
メリークリスマス、良き日を、良き日を。
調子外れのテンポで歌うように放たれた言葉は、いつも義父がこの時期になると口ずさんだ言葉。
息を飲んだ雪男の様子にしてやってたりという顔で返して。
義父の友人は、お戻りなさいとドアを指差したのだ。
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メフィやっと書けた…!
やっと終わりが見えてきた—————!!!
というわけで後1コマ2コマです(増えてないか?)

