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「……ほー、じゃあお前らはそれの大きさで取っ組み合いしたって訳か」
「……ごめんなさい」
 涙でぐちゃぐちゃになった顔を拭ってやりながら、獅郎はしょげかえる双児の様子に嘆息する。
「誰もいなかったってーのは仕方ねぇ、だけどこういうのは二人っきりじゃやらないこと」
 しかし、まさか誰もいなかったとは。
 自分も出ていたからその事をとやかく言えないのだが、きっと誰もが所在の確認をせず出掛けてしまったのだろう。そして、誰かいるだろうという安心感から双児の事がすっぽり抜け落ちていた、という事態。
 しかもストーブつけっぱなしとは。この件だけはあとでキツく言わなければならないだろうが、それはそれ、これはこれ。
 いつまでも赤ん坊だと思っていた自分も悪いのだが、知恵というものはしっかりと着いて行く。その知恵は見たり実際に体験した記憶から引き出されるもので、多分これは先日のたき火の時の事が引金なのだろう。
 だが、相手は火。熱を持つ物体。今回は何事も無かったが、何かあってからでは遅いのだ。
「もしもストーブが倒れて火傷したり、火事になったら大変だろ?」
 頭に手を置いて、視線を同じ高さに合わせて。
 そうやった方がちゃんと理解するのだ、という事も、この二人を抱えてから知った事。
「ふたりっきりのときはやらない、約束出来るな?」
 ん?と首を傾げてみれば、双児は揃って首を縦に振る。
「うん!」
「いい返事だ。だけどな、返事だけになるなよー?」
 置いたままの掌でぐしゃぐしゃと髪の毛を掻き回せば、二人ともがキャーッと声をあげて笑った。
 これがこどもなのだな、と。こういう事がある度に思う。
 砂地が水を吸い込むように、見るもの感じるものを取り入れ、自己を形成していく。
 その自己が、最初から黒か白かなどと、誰が解る事だろう。
 目の前の二人が、どちら側に属するなど、どうやって計れというのだ。
 自分とて、それを最初は推し量ろうとした。
 だが、そう思っていた自分の指をしっかりと握った小さな掌とその澄んだ瞳に禍々しさなど欠片も感じられず。そのこども達を、まっすぐに育てようと、ただそう思うに至ったのも、事実。
 色など無い、無色透明なその存在がエゴや勝手な目論見に染まらぬように。
 自分で、全てを選び進んでいける、強くも優しくもある、そんな存在に。
 人として、武きく柔き心持つ武器と成れ、と。
 それこそが、獅郎がこどもたちに願うただ一つの真実。
 だけれど、この幼く小さな存在にそれを押し付ける事はまだ出来はしないのだ、と。
 そう思いながら、獅郎は成る可く特別扱いはせず、こども達と向き合ってきたのだ。
 その甲斐あってかは解らないが、二人ともまっすぐ素直に育ってくれているのはいいことなのだろう。
「で、お前ら腹減ったか?」
「うん!すいた!」
「ぺこぺこ」
 まっすぐ、自分を見て頷く二人に同じように頷き返すと獅郎は立ち上がり当たりを見回した。
「そうか……うーむ」
 ガス台にかかった鍋があるからその蓋を開けてみたが、中身は作りかけのカレー。そうかルーかカレー粉が足りなくなって買い出しに言って、何か面倒に巻き込まれたのだと台所に誰もいない事の理由に行き当たったのだがカレーの予定だというのに炊飯器の電源が入っていないというのもどうなのか。
 そして、足下に転がる焼き芋の皿と飲みさしの牛乳。
 よくもまあ、あれだけごろごろと転がり回っていたのに倒れたり潰れたりしなかったものだと感心しつつそれを持ち上げる。
 少しつまんで口に入れてみたら、甘さは薄いがしっかり中まで焼けているようだ。
「ふーむ……」
 さつま芋、牛乳……と考えて、獅郎はその皿をテーブルに置いた。
「よし、父さんが何か作ってやろう。もうちょっとだけ、待てるな?」
 そう言って棚から砂糖を取り出した獅郎の後ろを双児がちょこちょこ付いて回る。ふたり手を繋いで殆どゼロ距離で獅郎のカソックにべったりくっつくようなそれに一瞬俺らはカルガモか何かかと思いはするが、それもなんだか微笑ましい。
「二人とも、そこの椅子に座っとけ」
 テーブルの椅子を指し示せば、二人並んでそこに落ち着く。顔を見合わせ、獅郎を見てはなんだろうとか何かなとか、キラキラした目で話しているのだからこれはヘマは出来ないと獅郎はもう一度目の前に並べたものを確認する。
 冷めかけた焼き芋に、砂糖。あと牛乳とマーガリン。
 芋の皮をむいてボールに入れてそれをフォークで崩して、そこに砂糖と少しの牛乳を入れて適当な固さにするとストーブの上で溶かしたマーガリンを入れて混ぜ込んで。
 油を塗ったホイルを引いた天板にそれを並べようとして、獅郎はふと思い立つ。
「燐、雪男」
 突然呼ばれて、二人は首を傾げるのだが。
「手を洗っておいで、いっしょにやるぞ」
 その言葉に、二人の顔がパァ、と明るくなる。
 ばたばたと椅子から降りて流しに向かう二人の背を、椅子を持って獅郎は追いかけた。










 さつま芋はオーブンで焼いて、熱いうちに崩しておいて。
 そこにバターと砂糖、温めた牛乳少しとラム酒。
 少し冷まして落ち着いたところで、一口大のボール状に丸めて、油を塗ったホイルを敷いた天板へ。
 ころころと幾つも並べて、それに照りだしに味醂を塗って。
 温めたオーブンに入れて、こんがり焼けたら出来上がり。


「……っと、こんなもんか」
 オーブンを覗きこんで、燐は天板を引き出した。
 こんがりつやつやと焼き上がったそれが、天板の上で並んでいる。
「スイートポテト、なんて言わなかったもんな、親父」
 イモボールだ、とか訳の解らない事を言う義父と一緒に作ったそれがとても美味しかったのは覚えている。
 こんがり焼けたそれと、温めた牛乳と、笑う父さんと、隣で喜ぶ雪男と。
 全部が全部、暖かで幸せな記憶。
 獅郎が菓子造りが得意だなんて、その時まで全然知らなかった。
 たまに出て来る菓子が、全て獅郎の手ずからだったという事も。
 その後、燐が作る事になった修道院絡みの菓子……ヘクセンハウスや聖餅、イースターエッグも含めて、全部獅郎に作り方を習ったのだ。
 遺品の中にも、レシピを書いた小さなノートが見つかるくらいだったのだから、その腕前はかなりのものだったのだろう。だけれど、それを全て教わる事は無かったし、何よりも当の本人はもうここには、いない。
 思っても、詮無き事。解っているけれど、わかっている、けれど。
 もっと教わる事はあった筈なのに。こんな事だけじゃない、もっと様々な事を教わる事があったのだろうけど。
 それはもう二度と、叶わない。
 でも、今も義父が生きているとしたら、今ここにいる自分は存在しないのだ。
 この胸に抱く思いが無かった事になるというのは、今となっては有り得ないこと。
 あの時、知らず選んだ道を歩んだ末に、得た大切なものを、失うわけにはいかない。
 失ったいのちは戻らない。そして、絶えた命の上に、今が存在する。
 その両方を求めるなど、何れ程の依怗か、何れ程の自己主義か。
「……すっげぇ、我が侭だな、俺」
 そう呟いた瞬間、ドアの鍵が落ちる音と、ただいまという声が聞こえた。
「……あれ?兄さん、これ」
「おう、お帰り。今焼けたとこ」
 顔を出した雪男に、天板を指し示せばコートを落としてそのままキッチンに入って来る。
「懐かしいなぁ。いもぼーる」
「スイートポテトだって」
 笑いながら雪男は天板からそれをつまみ上げて口に放り込んだ。まだ熱いだろうそれにはふ、と息を吐きつつモゴモゴと口を動かす。
「あひ、でも、おいし」
「火傷すんぞお前。ほれ、水」
 受け取ったグラスを煽ってから、雪男は苦笑いを浮かべてみせた。
「いや、もう火傷した」
「はぁ?お前、バカか!どこだよ!」
 ああああ、とかいいながら燐がグラスをひったくり氷と水を入れて突きつければ。
「氷水で冷やすより兄さんが舐めてくたら治るかも」
「いきなり盛んな」
 バカ、といいながら燐はグラスをその手に握らせた。
「舐めたら痛いだろ」
「痛いかな」
 首を傾げて言う姿は、どこかしら過去のままの幼さだってあるというのに、言ってる事が釣り合わない。
「痛い、かな?」
 しかもこれは、あれではないか。
 言い出したら聞かない、聞き入れなければ機嫌を損ねる、あの駄々っ子雪男ではないのか。
 そうは思っていても、雪男も自分もあれから随分経っている。確かに今でも雪男は強攻に事を進める事はあるが、それは昔のような我が侭を含むものは随分減ったし、三日も口をきいてくれないとか言う事はまず無くなっていたものだから。
「知らね。やった事ねぇし」
 うっかり、ふいと顔を背けてしまったのがいけなかった。
 仕方なさそうに会話の間中ちびちびとグラスの中身を口に含んでいた雪男が、かたりとグラスを置く。
「じゃあ、やってみようか」




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おかしいな、なんでこんなアダルト路線に……
そして途端に薄暗い雰囲気になってきました。何故だ。


【2/7追記】この文章はいったんここで更新ストップします。余りに薄暗くなってきたんで春コミにこれ書き上げて本にする予定です。

拍手[6回]

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 ストーブの火力、というものは、それほど強いものではない。
 だからこそ、焼き芋を焼いたりおでんやシチューなどの煮込み料理をしたりすると美味しく出来るのだ、が。
「まだかな」
「まだかな」
 いつ焼き上がる、というのは外身では全く解らないのが焼き芋で。
 とにかく、まっていれば出来るよという雪男の言葉通り、二人はじっとまっている。
「でも、いいのかな、ぎゅうにゅうのんじゃって」
「はらへったもん」
「そうだね」
 でも、それでもやっぱりまてなくて。
 冷蔵庫のドアを開けて、中から牛乳を取り出して。
 二人はストーブの脇で座り込んでそれを飲んでいるのだ。
「はしでさすとわかるっていってたよ、とうさん」
「でもそういってえだでさしてただろ」
 秋の終に、庭の落ち葉を片す序でと言って芋や林檎をたき火で焼いていた義父の姿を思い出す。最初は落ち葉だけだったのにそこに炭を投げ入れ火を強くするとするめやハムを焼きだした。美味しいぞと口に入れてもらったけど黙ってろとも何処か赤い顔をした義父に言われたので取り敢えずそれ以上思い出すのはやめておく。
「うん、さしてた」
「ささったらたべれる?」
「うん、たぶん。さしてみる」
 こどもの手には長い菜箸を取り上げ、ストーブに近づくと雪男は銀色の物体に向かってえいやっと箸を突き立てた。
「あ!」
「ささった!」
 箸は、すうと突き刺さってそのままパツン、と天板にあたる。
「にいさん、おさら、おさら!」
「お、おう!」
 弾んだ声に燐は慌てて大きめの皿を探して周りを見渡した。こどもの手で取れて、しかも自分が手の届く位置にあるもので一番大きなそれは、今のところ昼食用にという事だったのだろう、テーブルに積まれ置かれた皿。椅子に再びよじ登ってそれを手に取って、慎重に降りると燐は雪男の脇に立つ。
「これでいいか?」
「うん、そのままもっててね」
 雪男が箸をゆっくり引っ張ると、芋がずるずると二人の方に引き寄せられて。
 ごろり、とそれが、皿の上に乗った。
「てーぶる、もってくか?」
「ゆかでいいよ。おとしたらだいなし」
 そうだ、さっきから床で牛乳飲んだり、普段だったら絶対にしないような事をしているのだ。そう、ふいに思い出して兄弟は顔を見合わせる。
「ゆかで、いいよな?」
「いいよ?」
 にっこり、笑い合ってもう一度ストーブの前で座ると皿を二人の間に置いて。
 まだ熱いそれに付きたった箸を抜くと、それを使って雪男が何とかどうにか二つにそれを割ったのだけど。
「……あれ」
 小さく零した声に手元をみれば、さつま芋はアンバランスな感じで二つに分けられていた。
 三分の一と三分の二、だろうか。綺麗に二つと言うわけにはいかなかったそれを、二人はじっと見つめる。
「うまくわけらんなかった」
「いいって」
 そう言うと、燐は自分の方にあったさつま芋を取り上げて、皿を雪男の方に押しやった。
「おまえそれくえ。おれはこれでいい」
 残ったのは、大きな方のさつま芋。
「でも、わけたのぼくだし!ぼくがちいさいのでいい!」
 そうなのだ。雪男がわけたのだから普通は自分が小さいのだろうと思っていても、燐はいつもこうやって雪男に大きなのを押し付ける。
 嫌いだとか、そう言う事ではないのだけれど。二つあったら大きなのは雪男の、と、誰に言われた訳でもないのに自然にそう、してしまうのだ。
「いーんだよ、ゆき、はらへってんだろ?」
「だけど!」
 燐だって腹は減っている筈だ。でも、そんなこと何でも無いように首を傾げていた兄は仕舞いに臍を曲げてしまったようで。
「おれはにーちゃんだからこれでいいの」
 ぶす、っとしてそっぽを向いた燐のその仕草が、今日ばかりは気に入らなかった。
「にーちゃんなんてりゆうにならない!にいさんがそっちたべろよ!」
「うっせぇな!おまえがくえってんだろ!」
 がちゃん、と燐が持っていたさつま芋を更に力任せに置いて、立ち上がった。
「そんなこというならおれいらねぇし!おまえひとりでくえばいいだろ!」
 そのままずんずんと歩き出して台所をでようとしたその背中に、いきなりどすんと何かがぶつかる。
「ふ、ふえっ?」
 振り向けば、そこには雪男。
 真っ赤な顔して、背中にしがみついていた雪男が、いきなり拳を振り上げた。
「にいさんが、にい、さ……にいさんの、ばかぁぁぁぁ!」
 ぽかり、と背中を叩いて、それが一つ二つと数を増す。
「ばか、ばか、ばかぁ!」
 言う度に一つ、言葉と拳が燐の背中を打つものだから。
「ばかっていうな!このめがね!」
 ぐるりと振り向いて、弟をなんとかしようと思っていたのに。
 振り上げた拳は運悪く燐の頬に打ち当たった。
「いてぇ!」
「あ!」
 雪男もビックリしたのだ、慌てて手を下ろすが、燐の目は完全に座って睨みつける。
「ゆき、おまえ…」
 怒ったときの声と同じそれにびくりと肩を震わせたが、雪男は雪男で燐が言い出した事がきっかけなのだからと頬を膨らませて反抗の声をあげた。
「に、にいさんが、わるいんだからね!にいさんがかってにするから!」
「うるせぇ!」
 もう、何が原因だとかそう言う事はどうでも良くなってきていたのだ。
 がば、と掴み掛かった燐の勢いに雪男が負けてごろりと床に倒れ縺れ込む。そのままばかー、ばかーと言い合いながら頬を抓ったり髪の毛を引っ張ったりと完全な取っ組み合いに雪崩れ込んでいく。
 そのまま、幾許かの時間が過ぎても双児はそのままごろんごろんと子猫の喧嘩のような状況を繰り返していたの、だが。
「お前ら、何やってんだ!」
 いきなり響いた怒声に、絡まったまま二人はびくりと身体を震わせた。
「ふ、え」
「な」
「燐!雪男!どういう事だこれは!」
 掴み掛かった手はそのまま、二人して顔を上げる。
 その声の主が誰かを認識するより早く、口は勝手に、とうさんと言葉を紡ぐ。
 そこには、二人の養い親が眉を跳ね上げて立っていた、のだ。






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保護者登場(笑)
こどものころのけんかって、最終的に何に腹たてて喧嘩してたのか忘れてる事多かったなーって思い出した。

拍手[6回]

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「ただいまぁ!」
「とうさーん?」
 がちゃり、とドアを開けては声を張り上げるが、答えるものはどこにもいない。
「ゆきー、だれかいたかー」
「いなぁーい!」
 読んでも叫んでも、返事は無かった。
 どうやら、修道院の人員は、今日が土曜だという事をうっかり忘れていたようで、迎えの時間になっても誰も来やしない。
 まあ、迎えがこなければ帰っておいでとはいつも言われてたし、しかも園から修道院まではこどもの足で五分かからない。加えて忙しくしている大人達を知っていたから保育園から二人で歩いて帰って来るなんて事は良くあること。だからそれについては何ともなかったけれど。まさか帰ったら誰もいなかった、とは思わなかったのだ。
 取り敢えず、コートを脱いでマフラーを外し決まった場所に懸けて、帽子と鞄を置き、スモックも脱いで懸けてしまうと二人は顔を見合わせる。
「おなか、すいたねぇ」
「うん」
さっきまで誰かはいたか、少しだけ出て来ると言う感じだったのだろう。冷えている筈の空気はほんのりと暖かで、兄弟は心細さを感じてしまう事をそれで少しだけ緩和出来ていた。
「おだいどこ、だれかいるかな」
「いってみよう!」
 とたとた、小さな足音が二つ響き渡る。
 キュ、と繋いだ手はそのままに、少しだけ早足にそっちに向かってドアを開けてはみたのだ、が。
「あ、れ」
「いないや……カレー?」
「うん、カレーのにおい」
 台所には、誰もいない。
 でもいい香りがしているという事は、食事の準備はしていたという事か。
「……みんな、おひるたべずにいっちゃったのかなぁ」
「かもなぁ」
 鍋は、かかっているがコンロの火は落ちている。
 でも、ここはやけに…そう、火が落ちてしまっているにしては、ほんわりほんわりと暖かい。
「あ、すとーぶつけっぱなし」
「え?うわぁ、ほんとだ!」
 背の低いだるまストーブの窓が、赤く燃えている。
 ほかほかとした熱は、そこから届いていたようだ。
「…みんな、すぐかえってくるかな」
「すとーぶつけっぱだし、すぐかえってくるよ」
「うん」
 暫くじっとストーブを見ていたけれど、ふいにくぅ、と腹の虫が鳴く。
「おなか、すいたね」
「うん……すいた」
 土曜日で、給食は無い日だ。迎えはなくともご飯は作ってあるのが土曜日だと思っていたので、どうしようかなと二人で顔を見合わせる。なにしろ、お菓子なんか置いてないのが当たり前、食べるものは食べる時にが原則だから作り置きのものも無い。買い置きのパンくらいあるのではと思いがちだが、むしろ食べる分しか買ってこないのだから余る筈が無いのだ。
「にいさん、おいもがある」
「いも?」
「うん、さつまいも。あそこにやまもり」
 雪男が指差したそれは、確かにさつま芋の山。
 それは、午前中に寄付という形で持ち込まれたものではあったのだが、保育園に行ってた上に、そんな仕組みもシステムもまだ理解出来ていない双児にはそれがどうしてそこにあるのかなんて解りはしない。
 ただ解るのは、お芋が目の前にあるよ、という事なのだ。
「さつまいも、だな」
「うん、あるみはく、あそこ」
 そして、雪男は明確に口にした素材の場所を指し示す。低めの棚に置かれたアルミ箔の箱は確かに自分達でも手が届く位置にあった。
「……ゆき?」
「やきいも、できるよね?」
「え」
「あるみでつつんで、すとーぶにのせれば、できるよ、ね?」
 首を傾げて可愛い素振りでいってはいるが、それは正しく焼き芋の作り方で。
 でも燐はそれを聞いてうわぁと慌てて手をぶんぶん振り回す。
「すとーぶにさわったらだめだってとうさんゆってたじゃないかよぉ!」
「さわるのはおいもだよ」
「で、でも」
「ぼくおなかすいた」
 むつっ、と雪男が唇を尖らせる。
 どうやら、腹を空かせた事で機嫌が悪くなってしまったようだ。
「にいさん、おなかすかないの?」
「す、すいてる……」
「じゃあ、おいもたべよう?」
「う、ううううう」
 義父にいわれた事は正しい事だ、でも目の前の雪男は座った目でお腹空いたんだよと訴えて来る。むしろこのままだと実力行使だ。きっと次にいう言葉は、確定事項。
「たべるよね?」
 首を傾げてにっこりと笑うその顔は、燐にとってはいやって程に見飽きた顔だ。
 これにいやだと返せば、確実に泣き出して暫くそのまま、最後には三日は口をきいてくれなくなる。
 三日は、長い。まだまだこどもなのだ。たった一人の兄弟に口を聞いてもらえないのは哀しい事出しつらい事だと燐は解っている。でも、いつもこうやって雪男のペースに巻き込まれているなんて、周りの大人は気付きもしない。それが、雪男の処世術だったのだし、それが日の目を見るにはまだまだ時間の経過が必要となる。
「にいさん、どうするの?」
「た、たべる……」
 ううう、と唸りながら燐はがくりと首を縦に振った。いや振ったというより頭を垂れたと言うべきか。
「うん。じゃああるみはくもってくるからおいもとってきて」
「ううう」
「にいさん、おへんじ」
「…はぁい」
 なんでどうして、と言った顔で置かれた箱の中からさつま芋を一つ、取り上げる。
 取り上げたそれはなかなか立派なものだ。どうせなら持ち上がる大きさのものを取ればいいのだろうが、両手を使わなければ持ち上がらない大きさのものが箱一杯に収まっていた為に、特に選ぶ事もせず一番上のそれを持ち上げる。むしろもう早くこれを雪男に渡してしまいたいとすら思っていた。雪男の機嫌が直るならもうなんだっていい。あとで義父さんには叱られるかもしれない、けれど。
「ゆきー、いも、とったぞー」
「じゃあ、それあらってきて」
「うん」
 返事はしたけれど水場は高さもある。どうやっても届きはしないのだが。
「ゆきー、いすうごかすからてつだえよー」
「うん、ちょっとまってー」
 こどもは、こういう知恵は回るものだ。椅子を一脚、ずるずると二人掛かりで引き摺って流しの前までもって行くと、それに燐がよじ登って立ち上がった。
「とどく?」
「うん、だいじょぶ。いもよこせ」
 ぐい、と伸ばした手で栓をひねれば、冷たい水が迸る。差し出されたさつま芋を洗いそれを雪男に渡すともう一度手を伸ばして栓をきちんと締めた。
「よし、これでだいじょぶ!」
 そう言って椅子から降りれば、もう切り出してあったのか、雪男がアルミ箔にさつま芋をくるんでいる。
「あとは、すとーぶにのせとけばいいんだって」
「じゃあ、のせようぜー」
「うん」
 台所のストーブは、背の低めのものだった。元々はだるまストーブがあったのだが、こども達がぶつかったりした時の被害が大きいと高さの低いものに変えられたのだ。故に、雪男や燐でもその普段ならば鍋や薬缶が載っている天井部分に芋を載せる事が出来る。
 ごろり、と転がすように芋を載せると、これでよしと言わんばかりに雪男が満面の笑みで頷いた。
「じゃあ、できるまでまってよう」
「……いつできるんだ、これ」
「おいしいにおいがしたらできあがりだよ?」
 にこ、とそれはそれはいい笑顔で笑う雪男に、燐はそう言うものなんだなーと思う事にして。
 二人はそのいいにおいがして来るまで台所でまつ事にしたのだ。





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ちょっとタイトルは仮なんですが。
以前チャットでわいてきたちみっこ兄弟の焼き芋話。もう少し続きます。

拍手[5回]




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「ウァレスティーヌは、認められないものを結びつけたわけですから」
 傾けるグラスから涼やかな音色が奏でられた。
「どうですか、願ってみてもいいとは思いませんか?」
『馬鹿らしい、ありゃあ元々ジュノーの祭典だ。それにその伝承は一部の教会が教区を拡げる為にでっち上げたものだって説もあるんだぞ?』
「それでも、そういうものに縋りたくなる気分に落ち入るときもあるんですよ」
 目の前にある白磁の皿に乗せられた菓子は、褐色のそれ。
 つまみ上げて口に入れれば、本来ならふうわりととろけるのだろうが自分の体温ではじわじわとしか溶けていかない。
『お前がか?大公爵様のお前が、そんなセンチな感傷にか?そりゃあ、滑稽だな』
「滑稽でしょうよ。大悪魔たる私が、魔界の公爵の頂点にまで昇り詰めた私が、たった一人に惑わされてこの地を護ると願うまでになる、など」
 口にまだ菓子が残っているままに、グラスの琥珀を落とし込む。焼けるような筈のそれも、やはり自分にとっては柔らかなものでしかないのだ。
 隔たりは、高く。その距離は、遠く。
 だからこそ、欲しいと、手に入れたいと願ったのは自分である筈なのに、いつしか自分が堕ちていた。
 その、ただ一人の願に、共鳴したのはそんな感傷が原因ではない筈なのに。
「私の願は、アッシャーの安寧……ひいてはそれが、貴方の願」
『は、そんなことどうだっていい。俺はただ、あいつらが』
「ええ、解っていますとも。私の小さな弟……あの子達を、でしょう?」
 にやりと笑い、グラスを一息に煽る。
 タン、と机にグラスを叩き付けて視線をあげれば、そこには誰も、そう、誰もいない。
「盟約は、まだ生きています。ならば私はそれに従いましょう」
 もう、言葉は返らない。聞こえたそれは、過去の自分の記憶の標にあった物を繋いだだけの代物だ。
「代償を…まだ頂いておりませんのでね。それまでは、盟約は生き続ける」
 立ち上がると、この箱庭全てを移す窓際に立ち、その持ちえた称号と生きる事を定められた世界を捨てた魔界の公爵はどこか哀し気に微笑む。
「どこに、いったんですか……代金はきっちり払うと言ったのは、貴方じゃないですか」

 貴方のこども達では、貴方の対価にはなれませんよ。

 開け放たれた窓へと、一人きりになった公爵は身を躍らせて。
 未だ届かぬ代金を探して、ひとり静かに散歩を続ける。
 この地で見つからぬ事を密かに祈りながら、ふわりふらりと。
 ただ一人の契約者を探して、いた。







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某所に上げていたものの転載

拍手[5回]

『青の路地』の高村さち様が書かれたフリー絵を見て、思いついたネタです。
さち様、執筆の快諾有難うごさいました!宜しければお持ち帰り下さいませ!


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「はい、出来上がり!」
 ばん、と綺麗に結ばれた帯の上辺りを力任せに叩かれて、燐の身体が跳ねる。
「っっ、痛ぇ!おま、力強ぇよ!」
「煩い、だったらひとりでやって」
「それが無理なのはお前が一番知ってる筈だろ、ゆき」
 寮の部屋は、朝から一騒動あった後のように色々なものが転がっていた。
 帯に紐、襦袢に足袋に、真新しい着物一式。
 三和土には草履も用意してある。
「……兄さん」
 襦袢を身に纏いつつ、雪男はしれっと言葉を放つ。
「何だったらもう一度着付けをし直すような事をしてもいいんだけど」
「すみません、ご自分の用意をなさって下さい」
 正月なのだから君達も正装なさい、と訳の解らぬ事を言いながらニヤニヤと笑いつつメフィストがその包みを持って来たのは大晦日の夜更けだった。
 それを着て新年顔を出しなさい、出さなければこちらからタイミングも時間も関係なく顔を出しますよ。
 そう含みたっぷりに言うものだから、雪男は苦虫をかみつぶしながらそれに頷いたの、だが。
「……しかし、まさか着付けをするハメになるとは思わなかった……」
「俺だってこんな格好するとは思わなかったぜ……」
 ベッドに腰掛けて息をつく燐を眺めつつ、雪男は紐を取り上げするりと腰に回す。
「以外と馬子にも衣装と言うか…」
「どういう意味だ、そりゃあ!」
 拳作って勢いよく立ち上がった燐を視線で制して、雪男はふわりと笑う。
「似合うよ。吃驚した」
 予想だにせぬそれに、行き場の無くなった腕をゆるゆると下ろして燐はもう一度ベッドにぼさ、と腰を落とした。
「……そ、そうか?」
「うん」
 首を傾げれば笑顔のままに頷く弟に、思わす可愛いなぁとさえ、思う。
 クールだの冷血だの氷の微笑だのと言われる弟だが、時折こうやって小さな時からの優しい顔を自分に見せてくれるのが、燐は嬉しかったし、好きだった。
 ちょっとばかり、兄弟の繋がりと違うものが出来てしまったけれど、可愛い弟である事は変わりはしない。その弟が、引け値無しでそう言ってくれるのは嬉しいが少し、気恥ずかしい。
「なんだよ、惚れなおしたか?」
 照れを隠すように苦笑いしつつ茶化してそう言えば、いきなり弟の視線が剣呑としたそれに変わる。
「……むしろひん剥いてあ」
「判ったもういい俺が悪かった!支度して!」
「……解った」
 ち、と小さく舌を打つ音が聞こえた気がしたが、それは聞かなかった事にして燐は弟の着替えをぼんやり眺める事にした。
 黒と見紛うような、深い夜闇の青の生地で作られた着物を羽織り。
 す、と襟を正す姿は贔屓目を入れなくとも清々しくて。
 やっぱり、騒がれるだけあってこいつは格好いいのだ、と改めて思うのだ。
「なに、見てるんだよ」
 椅子に引っ掛けてあった帯を取り上げつつ振り向いた雪男に、燐は顔を取り繕う事すら忘れて、ただ、呟く。
「いや?格好いいなと」
 素の顔のままの言葉に、雪男はただくつりと喉を鳴らして。
「惚れ直す?」
 嫌味な程に綺麗に、笑ってみせた。
「べ、べつに……」
 見ていられなくて、ふいと視線を反らすしかなくて。
 さっき、同じ言葉を口にしたというのに、何故この男の言葉だというだけでこれほどまでに鼓動が跳ねるのか。
 逸らしたままの視線には映らないが、耳に届く衣擦れの音で、帯を締めているのだという事は解る。きゅ、と布が擦れて鳴る音に動く指まで想像出来て、静まれと祈るのにそれを聞き入れるどころかますます早くなる程だ。
「今更だろ、そんなの」
 拗ねた素振りで目を閉じて吐き捨てれば、ふいに頬に触れた暖かな感覚。
「今更だから、聞きたいんだけど?」
 ついとそれが顎へ滑り、力こそ籠りはしないが有無を言わさぬ素振りで、燐の視線を引き戻す。
「教えて、兄さん」
「っ、な」
「言ってくれなきゃ、伝わらない」
 きちりと和装に身を包んだ弟が、真剣なまなざしで燐を見ていた。
 思わず、返す言葉を飲み込んでしまう程にまっすぐなそれ。
 青い瞳が、心の奥まで見通してしまいそうな気がして。
 思わず、燐は無意識に顔を近づけて、いた。
「うる、せぇ、よ」
 小さく零した言葉の合間に、掠める吐息と、仄かな体温。
 触れて、離れて。
 とん、と胸元が押されて。
「これで、勘弁、しろっ」
 真っ赤になった燐が、俯き加減で吐き捨てて。
 それに不意をつかれた雪男も、思わず唇を指先で触れている。
「全く、新年早々恥ずかしい奴だな、お前……」
「むしろ兄さんの方が恥ずかしいんじゃないの、それ」
「うるせ」
 あちぃ、と唇を尖らせるその仕草に思わず唇を緩めるが、笑えばきっと兄は本気で逆上するだろう。
 だから、今は劣情も何もかも押さえ込んで。
 ただ、そっと、微笑んで魅せる。
 取り敢えずは、義父の旧友が押し付けた約束を果たして。
 その後は、また、ゆっくりと考えよう。
「さ、兄さん」
 差し伸べた手に重なる兄の手を引いて、立ち上がらせて。
 掛けてあった羽織をそっと、その肩にかけてやる。
「じゃあ、行こうか」
「おう」
 開けたドアから差し込むのは、白い光。
 新しい朝を、巡り続ける時を告げるそれが、ゆっくりと二人を照らして。
 新しくも、変わらぬ日々が始まると。
 そう思いつつ二人は、また一歩前へと進み出す。


 進む路は、決して平坦ではないけれど。
 二人、共に歩むならば、きっとどこまでも行けるのだから。




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ほろ酔い絵を見て、何故着付けネタに燃えたのかは解らないけど、あの絵の話はさち様があげられていたのでその前を妄想してみました。
い、如何ですかねー?!(滝汗)

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