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 兄が、ここのところちょっとおかしい。
 いや、兄がおかしいと言うか、妙な行動をしているということに気付いていない訳ではなかったのだ。
 あの出掛けるくらいなら家で本を読んでるとか言うのが当たり前の兄が自分から出掛け出すわ、一緒に出掛けるとなるとやれ何処そこの店にいってみようと会いだすわ。トドメにその店が行きそうもない小洒落たカフェだったりするのだがら、気が付かない訳がない。
 そして、もう一月になっていること。
 そういう店で甘いものを頼むのはいつものことだけれど、ここの所ずっとパフェばかり頼んでいる、ということだ。
 何故だろうと思ってはいたのだけれど、それに繋がるところが思いつかず、アルフォンスはそれをいつもの一過性のモノかと思うようにしていたのだが。
 ある日、ふいに思い出したのだ。

 兄が食べていたのは確か、ベリー系のパフェばかり。
 そしてそれを食べて、いつも一瞬顔を曇らせて。
 零れる言葉は『違うな…』の、一言。

「……まさか」
 頭の中で、バラバラだったピースがかみ合って行く。
 弾かれたように駆け出すと、自室の机に置かれた手帳を取り上げて頁を捲った。
「これ、だ……」




 そして、地図と手帳に描き示されたそれを照らし合わせ、記憶を辿りながらアルフォンスは街を一人歩いていた。
 ナナカマド通りの突き当たりの広場の角、という記憶はあったもののその記憶通りの街はもう目の前に広がってはいない。
 セントラルシティは、件の一件で壊滅的とはいわないまでも損傷を受けたのだ。
 それは、所によっては人が住む為の区画整備をやり直す必要がある程のレベルで、実際にその為にセントラルから居を移した人々もあったと聞いている。実際、今アルフォンスが目指す通りを含んだ区画もかなりの人が移転し、建物や店も入れ替わってしまった状況だ。
「…ここ、だったんだけど、な」
 立ち止まり、ふぅと息を一つ吐くとその白亜のアパルトメントを見上げて。
 パタリ、と手帳を畳んで肩を落とす。
 そこにあった小さなカフェは姿を消してしまっていたのだ。
「まあ、そうかなーとは思ったんだけど」
 あの兄が、気に入ったものを覚えていない訳がない。
 だから、あれだけ幾つも店を巡っていたという訳か。
 何処かで、その店がまだ続いているのではないか、という淡い期待を胸に抱いて。
「…でも、アレは兄さんの好物で僕の食べたいものではないんだけど」
 何を考えているのか、と首を傾げているとふいに声をかけられた。それはそうだろう。昼日中から唸って建物を見上げているとなると、その造形がどんなに良かろうとも不審人物に見えなくもないのだから。
「どうなさったかね、お若いの」
「あ、ええと、ちょっと…昔ここにあった店を、探してまして」
 それが人の良さそうな老婆であったことに感謝しつつアルフォンスは苦笑して髪をかき上げる。
「おお、あの喫茶かね?そうさな、これが建つ事になって、主人が店を畳んでしまってねぇ…」
「やっぱり、そうでしたか……」
「何か、探し物でもあったのかい?」
「あ、いえ…さがしものと言うか、探してたのはそこのメニューでして」
 かいつまんで事情を説明すると、老婆は楽しそうに頷いて手招きをした。
「こっちにいらっしゃい。力になってあげられるかもしれないよ」


 それから、幾許かが過ぎた。
 家に戻ってみれば、確か休みだった筈の兄の姿は見えない。
 先日から買い込んでいたものを確かめてはいたから、何をしようとしているかは理解していたし、その決行日が今日というのも何と無しに確認済み。
 琺瑯引きの鍋のなかに収まった砂糖をまぶされ浸透圧でシロップを滲みだしていた苺がその最大の証拠だろう。
「……じゃあ、はじめますか」
 冷蔵庫にいつものように置いてある生クリームを取り出して、ゼラチンは水でふやかして。鍋の苺はそのまま火にかけてソースにして、残してある生のもそのまま使ってしまう。
 クリームと砂糖とゼラチンを火にかけて、溶けたら牛乳を入れて器に移して冷やし固めて、シロップの一部を使ってこれもゼリーにして。背の高い硝子の器はキンキンに冷やしておいて、中に入れるパイもさっくりと焼き上げる。
 途中で簡単に食事はしたけれど、やっぱり作業はほぼ半日かかってしまった。
「あとは、固まれば完了、か」
 料理は相変わらず型に嵌ったモノはかりしか作れないのだが、菓子造りに関しては兄よりも上だと自負出来る。自分自身はそれほど甘いものは得意という訳ではないが、それでも喜んで食べる姿を見たいのは自分だって同じこと、だ。
「あの手帳に書き留めてたのは、兄さんが大好きだったからなんだけどなぁ」
 しろくてふわふわで、あかくてきらきらしてて。
 それを食べる兄が、とてもとても幸せそうで。
 いつか、全部終わったらまた食べに来られればいいと思って。
 そう思って書き留めたのだ。
「取り戻したら食べたいモノは、貴方と一緒に食べたいモノってことなんだけど、ね」
 兄は、そのリストに書き込まれていたものを覚えていた。
 だからこそ兄は料理に傾倒し、アルフォンスが食べそびれてしまったものを沢山造り出してくれたのだ。
 でも、そうじゃないんだと言い出せなかったのは。
「あんなに幸せそうな顔するんだもんなぁ、反則だよ」

 アル、どうだ?
 美味いか?

「ほんと、反則」
 くつり、と微笑いがこぼれる。
 共に食卓を囲むようになって、兄の料理に舌鼓を打つ度に見せる、蕩けるようなその笑顔、に。
 アルフォンスの僅かな抵抗は、するりと飲み込まれてしまったのだ。
「さて、そろそろかな」
 そういってマグを流しに持って行こうとした瞬間、ドアが開く音がした。

 あ、れ?
 おい、帰ってんのか?アル?

 声が、響く。
 笑みと共に息を落として、アルフォンスはエプロンを外して玄関に向かった。




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パフェ祭になった時に書いた奴。

拍手[4回]

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「空が……近い」
 見仰ぐようにした兄が、ぽつりと漏らした。
「……そうだね。青が、濃い」
 地の高度もある、空気の清浄さもある。
 だけれど、そんな事を考えもしない幼い頃に見たそれが、他と違うなどあの時は思わなかった。

 第一、旅をしていた時は。
 そんな風に空を眺める余裕など、なかったのだ。

 ただただ、ひたすらに前を見据えて、振り向くことも赦さずに。
 流れ過ぎ行く時と風景は、どんどん周りを通り過ぎて。
 気が付けば、自分たちはちいさなこどもではなくなっていた。
「そんなこと思ったことなんてなかったのにな」

 抜けるように澄んだ、空は蒼穹。
 柔らかく優しい、幼い頃から馴染んだ空気が、頬を撫でる。
「戻って来る?」
 そういって覗き込めば、ばぁか、と笑って返された。
「戻れるかってーの、田舎ってもんは詮索好きで近すぎて、どうにもこうにもなりゃしない。それに…」
 そこまで言って言葉を止めてしまった兄の肩に手を置いて、こころで続いているのであろう言葉を塞き止めてしまうと一つ頷いて瞳を見つめる。
「ここは帰って来る場所だけど、終の場ではない。僕等の終わりは、きっと何処かにある。それがまだ、見つかっていないだけ」
 言葉に一瞬見開かれた瞳は、すいと細められた。
「……見つからなくてもいいさ」
 未だに使い続ける古びた旅行鞄を持ち直し、兄は目の前に続くのどかな街道を見遣って。
「もう、見つけちまってんだから。オレは」
 だから、いい。
 そういって兄は、歩き出す。
 振り向くこともせず、大きく歩幅を取って歩くのはいつもの照れ隠し。
「いつも言いたい事だけ言って、恥ずかしくて逃げ出すのは治らないんだよなぁ」
 いつものことが、積み重なって今がある。
 沢山の過去が、積み重なって今が、ある。
 周りを見る暇もなかったけれど、ただ前に進むだけでなくてもいい、そんな時間がやっと訪れたのだ。
「兄さん、まってよ!」
 少しだけ使い込まれた鞄を取り上げると、前を進む兄を呼び止め走り出す。
 慌ててその後を追いかけるのは。
 遠い過去も、流れる今も変わりはしない、いつもの、事。

 重なる姿は、幼い背中。
 にいちゃん、と追いかけた背中は、しばらくすると足を止め振り返ってくれる。
 ぶっきらぼうに右手を伸ばして自分の手を握ってくれた。
 ふたりきりで、歩いたこの、路。



 赤いコート、緩い三つ編み。
 裾を翻して振り向いて、機械鎧の右手を差し出してくれた、兄。
 無骨な鞣の手を、しっかりと鋼の掌が握りしめて。
 何処迄行くか解らなくても、何も恐くなかった路。


「アル、行くぞ」
 その姿は、一瞬で今の姿に収束される。
 柔らかな白いコートが、風に舞う。
「アルフォンス、どうした?」
「……ううん、ちょっと思い出した、だけ」
「そっか」
 何も言わずに、そっと傍らに並んで歩き出す。
 そうすると、左手がふいに包み込まれた。
 そっと、絡められた右手は、柔らかな花崗の肌。
 幼い時とは違うけれど、変わらないその優しさ。


 変わりゆくものと、変わらないもの。
 見上げた空も、流れる風も、優しい思いも。
 変わらないけれど、何処か幼い時とは違って見えるのは。
 自分たちが重ねた時間が、いつしか流れた時が。
 不動でありながらも、不変などないのだと教えてくれるのだ。
「花、つんでから行こうか」
「そうだな」
「それから、ばっちゃんとウィンリィのところにいって」
「で、今日の最終でトンボか。結構忙しいな」
 ゆっくりしてぇ、というようなうんざりした声に笑って返す。
「でも、少しは時間があるよ」
「ああ、そうだな」
 そういって仰いだ空は、遠く青く。
 いつも見る空寄りも近くて澄んでいるけれど。
「青いな、そら」
「綺麗な空だね」
「……お前がいるからだ、木瓜」
 絡めた指が、ふいに振り払われて。
 横にいたそれが風のように駆け出す。


「ちょ、っと、兄さん!」
 翻る、真っ白な布地が。







 やけに空の碧を跳ね返して綺麗だと、思った。












2009.9.21 兄貴と私ペーパーより再録

拍手[1回]

局地的ニシネタ祭継続中。既にシニネタですら無い(ヲイ)
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「もう、オレは死んでいるんだ」
 窶れ、くすんだ瞳を晒したまま、彼は呟いた。
「たった一人…オレを理解して、愛してくれた奴がいた。でもそいつはオレの手の届かない場所で死んだ。それを知った瞬間、オレの中で何かが壊れた。あいつの存在が無いだけでオレは、自分を自分として確証させる事すら出来なくなった」
 何処か、諦めさえ滲ませたまま、彼は饒舌に言葉を続ける。
「狂った、んだろう、な…よく覚えてねぇけど、自分の事も、周囲の事も理解出来なくなって、オレはただただ、座り込んで壁を眺め続けるだけで…… そんなオレの事を見て泣いてくれた人もいた、怒鳴った人もいた、でもオレは何も反応を返せなかった…何を言ったらいいのかすら解らなくて、ただ謝り続けた……それすらも何を言っているのか、何故謝っているのかを解っていた訳じゃ無い、そう言えばいいとか、そんな感覚だったんだろうな」
 は、と乾いた嗤いを零して薄く瞼が閉じられて。
 乾いて掠れた声が、また唇を裂く。
「そんな状態で、ただ頭の中で聞こえてたのが弟の声で……こっちにいるよ、ってずっと、ずっと聞こえててさ。オレ、無意識に…いや、意識あったぜ、そう言う意味じゃなくて、ええと、あれだ……条件反射って奴かな、何も考えずに錬金術使って隔離室出て、外を歩いてたんだ。雨、酷かったのに、な…そんな事考えてなかったからさ、温度も感じないし、痛さも何も解らなくてさ。気が付いたら動けなくなって、倒れちまったんだよ」

 アンタが拾ってくれなきゃ、オレは今頃霊安室だな

 そんな事を事も無しに言い、彼はすいと身体から一歳の抵抗を解いた。
 それに気付いた男は、彼を押さえつけていた手を静かに解いて行く。
「さっき、弟って、言ったよな……?」
「ああ、言ったぜ。ああ、そうか…そこ、か」
 彼が、納得いったように頷いた。
「イコール弟、だよ。オレを唯一理解して愛してくれた男だ。オレが愛しているのはあいつだけだ…そう言う意味で、な」
 痩せた頰、荒れた膚、割れた唇、曇った瞳、枯れた髪。
 昔は、どんな顔をしていたのかとそんな事を考えるまでもなく、そんな状況だと言うのに余りにも整ったその形。
「聞いたら気持ち悪くなったか?まあ、代金を支払える程度には具合はいい筈だぜ…弟が、多少はオレを慣らしてたから、な」


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断片なんでまあ続かない気配……気配……(滝汗)

拍手[0回]

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 やけに、寒いと思った。
 嫌が応でも、そう思えてしまう場ではあった、が。
 それでも、それであったとしても。
 あまりにも、寒く冷たいその場で。

 何か、無粋とも言える布に包まれたそれが、弟の成りの果てだと言い渡された。



「…酷い有様で、な」
 そう、後見となってくれている焔の将軍が感情なく語りかける。
「出来る限りかき集めたのだが…エンバーミングは疎か復元すら不可能なレベルの損壊だった」
 テロに巻き込まれたのだ、と聞いた。
 偶然、その場近くにいた弟は、成す統べ等無いままに…いや、成すべき事を成したのだ。共に巻き込まれた人々をとっさに造り上げた壁の向こうへ追いやって、一人、逃げ遅れた子供を助けるべく爆発途切れぬ喧騒の中へと身を投じて。
 その子供と引き換えに、大きな爆発に巻き込まれた。最後のそれは自爆だったのだと現場検証のデータが物語っている。
「連絡も無しにすまないとは思ったが…遺体は検証の後荼毘に付した。この状況では君に引き合わせる前に腐敗しかねなかったのでな」
 今、己の前にあるそれは、弟の…骨。
「鋼の」
 それに、触れようとすれば出来る筈、なのに。
 腕は、繋がっていない機械鎧のようにただ重く肩から吊り下がるだけ。
「おい、どうした!」

自分は、一体何を見ているのだろう、何を聞いているのだろう何をしようとして何をいいたくてなにをかんがえてなにをしてなにをなにをなにをなにをなにを

「鋼の!」
 酷い叫び声…いや、それは笑い声だったか、それとも泣き声だったのか。
 喜怒哀楽、その総てを吐き出すかのような声を上げるとエドワードは崩れ落ちて動かなくなった。



+++++++++++++++++++++++++


局地的シニネタ祭にこそりと参加。
真実はまあ闇の中で、続くかもしんねぇけどまだ未定。

拍手[0回]

ええと、会話上に出た言葉に燃えていきなり降って来たネタ。
あまり旅の途中の時空列を書かないので、習作も兼ねて。


  



=== ==== ===== ==== === == = == ===



 目が覚めて、真っ先に思い浮かぶのは、誰ですか?





 朝、というものに対してオレが思い起こすのは光、だ。
 いつもそうだ。目覚める時間近くになると弟は部屋のカーテンを勝手に引く。どんなに眠っていたかったとしても起きなければならない時間を的確に計り、オレよりも正確にそれを判断して実行するのが、弟が朝一番の役目としている事のようだった。
 まぁ、寝てもいい時や体調の悪い時はそれを推し量り寝かせてくれているのだからいいのだが。

 ほら、あさだよ。
 おきなよ、きょうはでかけるんだろ?
 もう、またそうやって、あとでおこるのにいさんじゃないか。
 ね、おきて?
 こんなにいいてんきなんだよ…?

 そうやってなだめすかして起き上がらされて、オレの朝は始まる事が多い。
 でも、その前のオレの意識は、違うところにある。

 意識が、眠りという場所から浮上し出す瞬間。
 オレは、いつも無意識にそれを考えている。
 覚醒する、その一瞬前。
 目覚めてもいないのに、その姿を追い。
 薄く開いた視界に映る、傍らのその存在を確認するのだ。

 ああ、いてくれた、と。

 いつでも傍らにある、その存在……弟、を。
 オレは、眠りから浮き上がる瞬間いつも、思うのだ。

 毎夜、一人眠りという淵に落ちるオレの側で。
 眠る事を奪われた弟は、ただただ一人で夜を超える。
 生身の身体である事をこれだけ恨んだ事は無い。
 奪い去ったのはオレだというのに、オレだけが眠りに落ちる。
 弟は何でも無いように優しく笑うけれど、お前一人を闇に置く事をオレが気に止まぬようにと思っての事だろう?

 恨め、と言ってもそれを否定したのはあいつ。
 憎め、と言ってもそれを拒否したのはあいつ。

 それでも、僕は貴方の側にいる
 貴方を、崇めも恨みもしない
 だって僕達は、同じ道を進んで
 同じ過ちを経て
 今ここにいる
 これは
 誰のものでもない、僕の意志だ────

 強く、はっきりとした声で発せられた言葉を。
 オレは今でも、胸の奥に滲ませているの、だ。
 ここにいる、と。
 そう言った、鋼鉄に捕われた優しくも屈強な魂を持った弟。
 その、闇を貫く光のような強い意志を。



 夜を超えて朝が、来る。
 時が廻り、日々が巡る。
 同じような、同じではない朝が何度も巡って来るけれど。


 オレの目醒めは、いつもお前が運んで来る、から。



=== ==== ===== ==== === == = == ===



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